様式美とマンネリの対立

たとえば黄金パターンというものがあります。あるとします。
それはそれで魅力にあふれているわけですが、ずっとそれだけだと飽きてきます。
しかし黄金パターンは強力なテンプレートなので、ちょっとひねったぐらいじゃそれよりもおもしろいものを創出することはできません。できないと思われています。
「らしさ」とも関係してきますが、「(適当なゲームシステム名)らしいシナリオ」というものを突き詰めれば、黄金パターンと称されるテンプレートが完成すると思いますが、そのテンプレートに沿ったシナリオをずっとやり続けても、マンネリせずにいられるだろうか? という疑問がふと湧きました。
そして先日からマイブームである思考実験においては、「必ずとは言えないまでもマンネリしないで済む方法はある」という結論に到達しました。
言ってみれば、2種類の黄金パターンの組み合わせです。「展開様式」と「展開順序」の黄金パターンを組み合わせれば、事実上無限の(遊びつくせない程度の)組み合わせが得られるんじゃないかと思いました。
展開様式と展開順序の意味が区別しづらいと思いますが、展開様式は要は構造です。「悪い敵がいて、正義の味方が退治する」という外枠です。展開順序は、物語の勧め方です。「悪い敵が悪事を働いたので、正義の味方が出動する」という話の筋です。
たとえばプラモデルがあったとして、まず最初にどこを見るのか、で印象が変わるのと同じことです。「頭から順番に見た場合」の印象と、「足もとから順番に見た場合」の印象は変わるだろうと。
で、マンネリの打破に必要なのは、大げさな変更ではなくて、ちょっとした変更があればいんじゃないかなと思ったのでした。