(31−5)
夢を見た。
夢の中の自分は、誰かと手を繋いでいた。
その誰かは、顔だけが見えないというのに、なぜかとてもよく知っている人な気がして、何一つ警戒を抱くこともなかった。
自分は、その人のことが好きなんだ、と思った。ただ手を繋いでいるだけでも嬉しくて、いまここに一緒にいられることが嬉しくて、他のことはなに一つ目に入らないぐらい、舞い上がっていた。
言葉に出しては言わない。何を喋ればいいのかがわからなくて。相手もなにも言わない。言葉を出すべき口がないから。
ただの、静寂。無音のノイズとでも言うような、何かを感じている気配はあるのに、何を感じているのかわからないような、ざわついた感覚だけが聴覚を支配している。
世界は乳白色の霧に包まれていた。自分と、その人がいるだけで、それ以外のものはなにもない。なにもかもが霧の彼方に包まれている。
そんな夢。
その人は、ある時、いきなり自分の手を離し、とても悲しそうな顔をした。顔なんて見えないのに、とにかく悲しそうな顔をしていると思った。
それで自分は、ああ、自分はここで悲しんじゃいけないんだ、と思った。自分が悲しい顔なんかしたら、この人はもっと悲しんでしまうから、だから自分は、自分だけは悲しんじゃいけないんだと、そう思った。
手を離しただけなのに、どちらも全然動こうとはしていなかったのに、その人は次第に霧の中に溶け込むように遠ざかっていった。自分はなにもせずに、なにもできずに、ただ霧の中で一人、泣き笑いのような笑顔で立ち尽くすしかなかった。
自分がなにか悪いことをしたのだとか、そういうことは思わなかった。ただ、あの人にとって、自分は一緒にはいられないことになったんだということだけが悲しかった。
でも、それでも。
我侭は言わないから、何かが欲しいなんて言わないから、僕はずっと、あなたを待っているから。
だから、お願いだから、いつか帰ってきてください。僕をその手に取り戻してください。
○○○○○。