妄想日記

(31−8)

とりあえず、しなければならないことがあるのはわかっていた。 真智を部屋に返して、即座に連絡を入れたら、まだ執務中だから来るなら来い、と言われた。いったいこの人はいつ寝てるんだと思いながら、御前静中佐の執務室に向かった。 「おめでとう、ととり…

(31−7)

朝になって目を覚ました真智は、なぜかとても不機嫌だった。 それは学校に行っても同じで、昼食の時ですら(さすがに弁当は作れなかったのでコンビニで買ったパンだったが)、始終不機嫌そうだった。 自分はなにかしただろかと考えてたら、いつの間にか放課…

(31−6)

目が覚めて、頬に違和感を感じ、眠りながら涙を流していたことに気づいた。 自分はそんなに悲しい夢でも見たんだろうかと涙を拭おうとして、その手が別の誰かの手に握られていることを思い出す。 体を起こし、隣を見下ろせば、寝巻き姿で静かに寝息を立てて…

(31−5)

夢を見た。 夢の中の自分は、誰かと手を繋いでいた。 その誰かは、顔だけが見えないというのに、なぜかとてもよく知っている人な気がして、何一つ警戒を抱くこともなかった。 自分は、その人のことが好きなんだ、と思った。ただ手を繋いでいるだけでも嬉しく…

(31−4)

夕食は基本的に一人で食べることが多い。基地の食堂で食べないとなれば宿舎の自分の部屋で食べるしかなく、そんな時間に真智を誘うといろいろと間違いを起こしてしまいそうなので、あえて誘わないようにしていた。 実際、真智から誘われたこともない。動機が…

(32−2)

実験施設から実験体が脱走した、と言われても、大きな感慨が湧いたわけではなかった。ありふれているとまでは言わないが、そうしたこともあるだろうと思う程度には聞く話である。そんなものは大抵、自分のところまでは問題を引きずってくることはない。 とこ…

(32−1)

そうしなければならないことだけがわかっていた。 人はそれを焦燥と呼ぶのだろう。 「そうしてしまえば、我々は脱走兵になる。それでも、君はついてきてくれるだろうか」 言葉に迷いはなく、ただ憂慮だけがあった。 「それがあなたの望みであるなら」 彼女も…

(31−3)

学校について早速中隊長に電話を入れてみたら、あいにくと午後一しか余裕がないということだったので、午前中で授業を切り上げて基地に戻ることにした。一緒に昼食を取れないことに対して、真智は不満そうだったが、深くは追求してこなかった。 それを信頼だ…

(31−2)

誰と交渉をすればいいだろう、と考える。 ギアドライバーとナビゲーターの同居。そんなものに許可が出るとは思えない。思春期の若者だからとか、そういう理由ではない。お互い、いつ死ぬかわからない身なのだから、同居を許可して精神依存度をあげさせる理由…

(31−1)

柔らかな感触を幻想の中で握り潰しながら、目が覚めた。 目が覚めて、涙がこぼれていた。驚いたのは、自分の中の衝動の具現としか思えない夢を見たことであり、それがこんなにも直接的に表れたことだった。 鼓動が早い。呼吸を浅く、速くする。次第に落ち着…

(29−7)

それは無自覚な兵器だった。 自らの望みを何一つ理解していなかった。 それに仮初の望みを突きつけたとき、望みがないのは自分も同じであることに気づいた。 生きることの意味が、わからなくなった。 結局自分は、なにをしたいのだろう。瑞穂基地を占拠し、…

(29−6)

特殊部隊を抜け、瑞穂基地に配属されることが決まった。正式な任官前に基地の情報を調べ上げ、現地に潜り込んだのは、敵情視察にも似た現地確認にしか過ぎないと思っていたが……いまにして思えば、焦燥に背中を押されてのことだったのかもしれない。 そこには…

(29−5)

戦場はどこにでもある、とその男は言った。そして事実、結界のお陰で鎖国状態であるはずのこの国の中にも、いくつも戦場があることを知った。 北に目を向ければ、有力軍閥が幅を利かせて中央を虎視眈々と狙っているし、西に目を向ければ、企業なのか非合法集…

(29−4)

お前が殺した母親は、お前のことを案じていた。 その男は開口一番、そんなことを言った。 たとえ殺されたのがお前でも、同じことを言っただろうし、やっただろう。お前の母親は、ただの代理母になるには情が強すぎたが、ただの母親になるには理性が強すぎた…

(29−3)

雌伏の二年間を過ごした。 学習にも訓練にも、それまでより意欲的に取り組むようになった。 彼女の死が自分を変えたのは間違いないだろう。自分は実験動物だ。実験動物は実験動物らしく、実験に役立つように振る舞い、実験者の歓心を買わねば生き残ることも…

(30)

「ヴリルというのはね。人の意志の巨大な複合体なのだよ」 ヴリルの創始者と目されている男は、そう答えて薄く笑った。 「ある者は、科学技術を躍進させる組織だと思っている。ある者は、天使を崇拝する宗教じみた組織だと思っている。またある者は、経済活…

(29−2)

取り立ててやることがあったわけではない。 初の殺人以降、続けて人を殺していた、というわけでもない。 ただ無気力に学習メニューをこなし、訓練メニューをこなし、知識と技術を練磨していった。 研究者にしてみれば、自分が母親と弟を殺したのもただの実験…

(29−1)

そうすることはずっと前から決められていた。 ミカドのクローンとして生み出されたその理由は、実際問題、よくわからない。なにもわざわざミカドでなくても、他の殿上人でも天使の血の濃いものはいただろうに、なににこだわったのか、なににとち狂ったのか、…

(27−12)

なぜそうなったのか、という1点について、自分は何一つ明確な答えを持っていなかった。 なるべくしてなったのだ、と、あとになればそう思ったにしろ、なぜそうなることを防げなかったのか、と考えてみても、何一つ答えが思い浮かばない。 それが自分の望み…

(27−11)

あいつが死んだ! あいつほどの人間でも死ぬことがあるとは! 「天使兵数百の群れに単機で突っ込んだんだ。しょうがねえっつか……そういうもんだろうと思うけどさ」 飯島は、一人寂しく、撃墜されたシュネルギアの上に座っている。 「なあ、教官」 「なんだ」…

(27−10)

それが矛盾であり、錯誤であることはわかっていた。 なんで殺したの、とヒルトは言った。その言葉に、いつものような勢いはなかった。 裏切ったからだ、と自分は答えた。いつも通り、感情を排していたと思う。 殺さなくてもよかったんじゃないの、とヒルトは…

(27−9)

やはり、と思った。 「ごめんなあ、さくらちゃん。うち、どうしてもこうしなきゃならなくて」 ぴくりとも動かないヒルトを抱きかかえて、神室が言う。 「そんなにヒルトのことが好きか?」 努めて冷静に問い質す。状況は、自分が不利だ。ヒルトという人質を…

(27−8)

そこで待っていたのは、ヴィヴリオ大佐ではなかった。 「加賀見節子。……一体なにをやっている」 大佐が座っているはずの席で昂然とこちらを見据えているのは、機械化兵、加賀見節子だった。 「なに、命の洗濯という奴だ。中々の座り心地だな、この椅子は」 …

(28−8)

「お前が殺したんだろ?」 自然と詰問調になった。 「そうなんだよ」 セラピアは微笑みながら答えた。 「じゃあ、なんで真智を連れて行った?」 それが一番の疑問だった。 「それが繭ちゃんの望みだったんだよ」 それが一番解せなかった。 「新城繭は、なん…

(28−7)

葬儀は一ヵ月後だった。 基地の共同墓地で、数少ない参列者の一人として、俺はその風景を眺めていた。 真智が泣いている。人前で泣くことをしない真智が、唇をかみ締めて泣いている。その肩を抱くようにしながら、無表情に葬儀の様子を眺めている。 真智は繭…

(28−6)

手遅れなのは決まっていたことだ。それ自体をどうこうできるなんてことは、真智も考えていなかったに違いない。 ただ、一言告げたかった。告げることによって、救いの可能性を見せたかった。教えたかった。示したかった。 それを受け入れてもらえれば、それ…

(28−5)

病院の真上には満月が昇っていた。象徴的と言えばいいのか暗示的と言えばいいのか。不吉な予感はよくあたると言うらしいが、まったくもって嬉しくない。 なにが始まり、またなにが終わったところで、得るものなどなにもないとわかっているのに、自分はいまこ…

(28−4)

やるべきことは決まっていた。後はそれがいつになるか、ということでしかない。 自分の部屋で、ぼーっとしながらベッドに横になり、天井を見上げる。なにがあろうとなかろうと、この部屋にいるのが自分一人という状況は変わらない。 二人になったとしても、…

(27−7)

あなたが私を愛しているなら、どうか私を殺してください。 「こっちだ」 スパイに先導されて、迷路のような基地を歩く。走ったほうがいいのではないかとも思うが、人間は大きな音を立てず走るようなことはあまり得意ではないから仕方がないだろう。 「あんた…

(28−3)

夕日もすで沈んだ。辺りは暗く、街頭の明かりが頼りない。 道を先に行くのはセラピア。着かず離れずの位置に真智がいて、自分はしんがりを守っている。守っているというかなんというかだが。 会話がない。完璧に断絶している。セラピアは病院を出てからこっ…