この朽ちたる身が願わずにはいられずに(1)

 戦争は、戦争だ。胸中でそう一人ごちて、一際大きく煙草を吸い込む。肺一杯に広がるそれを感じながら、初めて煙草を吸った時のむせるような感覚とはまったく違うことに一抹の寂しさを覚えつつ、彼女は深々と息を吐き出した。
 初めて煙草を吸ったのも戦場だった、と思い出す。世界大戦末期、という言葉は、なんでも許される戦争の狂気の代名詞であり、今日まで続く閉塞した世界を生み出す土壌となったが、たとえそれがどんな戦争であろうとも、人間がそれを為す以上、実際のところ、何一つ変わることなどないのだと……戦争の狂気という言葉すら、ただの形容詞に過ぎないのだと思い知らされる。
 戦争という言葉を免罪符に、得たもの、失ったものがある。得たものはあまりにも少なく、失ったものはあまりにも多い。それもまた戦争だと、その一言に仮託してしまえば、すべてはそういうものなんだと割り切ることもできた。
 この戦場では子供が戦っている。あまつさえ、それが主役になろうとしている。その現実に忸怩たる思いを噛み締めながら、それでいてそれに頼る以外の方法のない世界こそが狂っているのだと締め括って、短くなった煙草を携帯用の灰皿で揉み消す。
 眼下に広がる、天使兵の死骸。視界を埋め尽くさんとするほどのそれを生み出したのが、齢15になったばかりの少年なのだから、この戦争に関わったものの行き先は等しく地獄以外にありえないだろうと思った。
 子供に化け物退治を押し付けて、その裏で蠢く陰謀は誰にも気づかれることなく密やかに進行している。たとえ少年がどれほどの戦果をあげ、どれほどの傷に心を痛めたとしても、すべてが予定調和として進行している現実を目の当たりにしてしまうと、どこか白けた気分が漂ってしまう。
 たとえ少年が天使化した味方を殺したのだとしても。その震える手がトリガーを引き絞ったのだとしても。世界はまるでそれが当然であるかのように、現実だけを押し付ける。
 自分に何が出来るのだと、そう思うこともある。目の前のどうしようもない現実に、それでも抗いたくなる瞬間もある。
 すべてを無価値の檻に放り込んで、彼女はなんでもないという顔をするだろう。陰謀、そんなものに興味はないが、それの行き着く先になにがあるのか、気になって仕方がなかった。
 だから彼女は、彼らになにを言えるわけでもなかった。年長者として、戦場での指揮を取ることぐらいはしているが、それこそが彼らを追い詰めるだけのことで、傷つけるだけの行為だとわかっているからこそ、この呪われた身が行いうる贖罪などないのだろうと思うしかない。
 そうして受け入れたところで、それが彼らには理解されず、許してももらえないとわかっているのに。
 この戦場でどうしようもなく救われないのは、まったく救われてはならないのは、彼らに戦争を押し付けた連中ではなく、彼女以外にありえないだろう。
 夜が白々と明けようとしている。陽は沈み、また昇る、とはよく言ったものだ。希望も絶望もなにもかもに終わりなく、世界はただ繰り返すがために繰り返し続けるのだと、救いなんてものはどこにもなく、ただ終わらない世界だけがあるのだと、そう端的に示している。
 絶望が支配する世界で、それでも己の願いを捨てられないのだから、それこそ私には救いがない。そんな思いを苦笑に紛れさせて、対天使兵戦における決戦兵器、特殊な素質を持った少年少女にしか乗れないシュネルギアで降下してきた部下への言葉と表情を考えながら、背もたれ代わりにしていた自機から身を離した。
 奴等は傷一つ受けていないというのに、ラッキーヒット一発を食らって沈んだ自分の不甲斐なさを笑う気にもなれずに、加賀見節子は、彼らの戦果に敬礼で応えた。