エントリに対する思い入れ

私は自分がTRPG者であることに思い入れを持っています。それは長く遊んできたからという自信が元になっているのかもしれないし、これからも遊んで行こうと思っているからという自己暗示が元になっているのかもしれません。
よつばの。とか読むと、それなりに自分の意見を表明したくなったりするんですけども、私は同人世界というものに対して、それほどの思い入れもこだわりもない。本当にまったくない。それに対して、こっくりさんのエントリには、(賛否とか方向性は横においておいて)思い入れが溢れている。それが読んでてわかる。*1
そういう、自分の好きなものに対してエネルギーをかけるのは素晴らしいことだと思うし、誰にでも出来ることでありながら、誰にでも出来る"行動"ではないと思ってます。自分の発言の影響がどの程度の規模になるのか見越した上で、それでも発言しなければならないと思った内容を、あえて出していくという"リスク"を犯すには、行動を促すだけの覚悟も必要となるでしょう。
見返りがあるのか。それともないのか。見返りがあるとして、それがどんなものなら行動を起こせるのか。それは個人に帰属する価値観であって、意味はありません。動機なんてどうでもいいんです。極論すれば。ただ行動だけが目に映り、評価される。*2
同人に関して、そんな覚悟も思い入れもない私は、遠巻きに見ているしかない。これは私のプライドにも関わる話で、たとえばTRPGについてなら、言いたいことを言います。それだけの気概を持って、少なくともこのダイアリをつけているし、エントリを書いています。
そんな大仰に考えるようなことじゃないんでしょうけども。好きなことをもっと好きになるために活動するという、とても簡単で当たり前な気持ちを大事にするのは、でも実際には大変なんだよなあと思わずにはいられません。


常々思うことがあります。
理解なんてしてくれなくていいんです。
私の文章を読んだあなたはなにを思いましたか。
それはあなたの行動を起こす切っ掛けになりましたか。
あなたがあなたの当然の権利を守るために行動を起こす切っ掛けになったのなら、賛成意見も否定意見も私にとては等価値です。私の意見について反対意見を表明してくれても全然問題ありません。
私は私が正しいとは思ってませんが、私が正しいと思ったことしかできないだけです。


追記
どっかで読んだような文章だなあ。

*1:個人的な知り合いだからかもしれませんけども、そういう影響は完全には分離できないので、特にこだわらない

*2:そしてそれはたぶん、評価対象としては圧倒的に正しい