シナリオネタ 呪いについて

おもしろげなネタがあったので、それに関連してつらつらと。
エンゼルギアネタにしたいなあ、という目論見もあるんですが、現時点ではそれほどネタがまとまっていないのと、エンゼルギアでやろうとすると、どーしても「呪いで攻撃」とかそういう直接的な作用でしか使えそうにないので、ちょっと保留にしておきたい、というのもあったり。
それだと、いま考えてる呪い(ネタとしての呪い)から逸れちゃうので。
あと長いのでちまちま書いていきます。書き終わったら書き終わったと最後に書くので、それまでは更新される可能性があるということでお願いします。
また、文中では断定調で書きますが、「これが呪いの真実だ!」とか、そういう大層な話ではありません。あくまでも「TRPG」の「シナリオ」の「ネタ」としての呪いの形です。あるいは世界観用のネタメモですので、お間違いなきよう。


まず、呪いとはなんなのか、を最初に定義しますが、「呪術者*1の負の感情に起因する、精神状態の伝播現象」とします。
どういうことかと言うと、呪いというのは現象ではなくて、雰囲気だと考えているからです。
たとえばことわざとかジンクスというやつがありますが、天気予報系のはけっこう科学的に根拠がある*2ようです。それの延長線にあるものとして、「悪いことをしたら悪いことが起こる」という意味での因果応報*3があります。
これは罪悪感に根ざしたもので、なにか悪いことをした時に、「自分は悪いことをした」という意識を持つことになり、この意識が「自分の身にもなにか悪いことが起こるのでは?」という思い込みに連鎖します。
誰かになにかしたときに、多少の想像力があれば、自分がそれをされたときのことを想像します。もし自分がされたくないことをしていれば、当然、自分がされたくないことを自分がされる可能性に思い当たります。
これが呪いの根源です。


フィーリングになりますが、「呪い」という一般名詞化された言葉が呪いを生み出している、というのが現時点の私の見解です。言語化というプロセスによって形を得たもの、とでも言えばいいのか……より曖昧模糊とした形ではありますが、妖怪と同じように、「事象の偶像化」の特殊な例として呪いがあります。
「呪う」あるいは「呪われる」と聞いて、なにを思い浮かべるでしょう? 頭に鉢巻巻いて蝋燭を挿して丑三つ時に神社の境内で呪いの藁人形を打ってる姿でしょうか。その藁人形には呪う相手の髪とか爪とかが入っていて…… というようなのが、ポピュラーな呪いのイメージでしょうか。
藁人形に呪いの対象の「体の一部」が入っているのは、典型的な「類感魔術」の手法ですが、これは呪いの効果を増幅させるためのものであって、呪いの本質ではない、と思われます。なぜかと言うと、呪いの発動条件というのが、「呪われている相手が自分が呪われていることを知る」ことだからです。
そもそも、「呪われている状態」というのは、どういう状態でしょう? なんとなく体調が悪い、原因不明の病気にかかっている、そんな現象が出ていることでしょうか?
しかし、実際には、原因不明の病気なんていくらでもあります*4。あるいは、「まったく病気の症状がない健康な人」なんて、そもそもいません。健康マニアな人ですら、体調不良は出ます。
誰でも体調不良の1つや2つ(?)はあるものです。つまり、いつでも「呪いを受ける下地」は整っています。最近肩が凝る、とか、その程度でもいいんです。そこに、「自分を呪っている人がいる」という情報が入ってきたとしましょう。「この体調不良は呪われているせいだったのか……」「呪われているのなら、呪いをなんとかしない限り治らないんじゃ……」「この体調不良は治らないのか……」という、思い込みの悪循環に入り込みます。
もちろん、これは気が弱くなってる時のみに有効です。気を強く持っている状態、気を張っていられる状態の時は、呪いはまったく効果をもたらしません。
しかし、常に、いつでも、いつまでもそんな状態でいられるということもまたありません。
結果的に、いつかは呪いにかかります。


次に、呪いの掛け方について、別のアプローチを考えてみましょう。
先ほどの丑三つ時の藁人形は「類感魔術」ですが、これとは別に、呪いを込めた呪物を相手に送りつける呪い*5があります。そのものずばり、呪いの藁人形を呪う相手の家の床下に埋めるとか、そういう類の奴です。
方法として、より直接的になっていますが、さて、この方式において、発動条件になる「呪われていることを知る」ことはどのようにして可能でしょうか? 術者が噂を流して、「誰某は呪われている」なんてのもいいのかもしれませんが、この方法の場合、実は呪われている対象それ自体が「なんとはなしに」気づきます。
人間の五感というのは、個々を見れば他の動物に負けたりしますが、総合的に見た場合、これらの情報を処理する脳の発達具合から、実はそんなに見落とりしないじゃないだろうか? と思っています。*6
たとえば、「呪物に恨みの念を込めて切り落とした指*7を封じると、効果が高い」というような呪いがあったとします。大体この手の方法は、呪いをもっともらしくするギミックとしても必ずついてまわりますが、これには根拠があります。人間の感情は化学物質によって表現されるからです。
どういうことかというと、感情を司る化学物質は、各々の感情によって一定です。「誰かを恨む」という感情、平たく言うと「憎悪」の感情を司る化学物質が、脳だかどっかだかで生成され、これが化学変化を起こして「憎悪」という感情を発露します。
この感情は、人類共通です。発生させうる科学物質は共有なため、大きく異なるということはありません。そこで、「憎悪」の感情が起こっている状態の時、指を切り落としたりしたとします。この指には、「憎悪」を司る化学物質が込められています。これを呪う相手の家に仕込むと、この化学物質が空気中に流れ出します。*8
この化学物質を敏感に察知した脳が、無意識に影響を受けます。例えば怒りっぽくなったり、例えば臆病になったりして、これは、この化学物質の性質、「閉じ込められた化学物質」によって異なります。
こうして「呪いの媒体」として、術者の望む感情を「無意識下で察知」した対象者は、自分が呪われていることに気づくのです。
最終的に、呪物を発見された瞬間、無意識下での理解が表層意識での理解に繋がり、呪いの効果が爆発的に現れます。*9
場合によってはこれだけで頓死したりするでしょう。


さて話は飛んで、今度は「末代まで祟る」という呪いについてです。
これは感染魔術に分類されると思うんですが*10、術者が被術者の「家系」を呪い、子々孫々まで害を為す呪いです。
わりと多いのが「子供が生まれなくなる呪い」なのに、「末代まで祟る」ってどういうことなんだ? とたまに思いますが、それはさておき。
呪いの本質は思い込みです。「呪われている」という思いが体調不良等々に繋がります。人間の体なんてわりといい加減なもので、思い込めばわりとそのような動きをしてしまうものです。*11
末代まで祟られた人がいたとします。この人がわりと普通な人(心が強いわけでも弱いわけでもない人)だったとします。呪われていることは知っているけれど、びくびくしているのは最初だけで、次第にそんな状況にも慣れてきます。人間は慣れることで生きていける生き物です。
なんだかんだ言って子供も出来たし、あんなものはやっぱり嘘っぱちだったんだと思い始めます。そしてある日、昔話として、こんなこともあったんだよーと子供にぽろっと言ってしまったとします。
この呪いが発動するのは、ここからです。子供は正直なものです。親の言うことはどんなことでも割合素直に信じてしまいます。もちろん、大人になって判断力がつけば親の言うこともおかしい部分があるじゃないかと思うようになったりしますが、しかし、幼少時の刷り込みというのは、わりと強烈です。*12
自分は呪われているんだ、と、子供は思います。そして、それにも慣れます。大人になれば、呪いなんてない、という当たり前の考えを持っていくので、やはり段々意識しないようになっていくでしょう。
そしてある日、自分の子供に、「実は親から聞いた話なんだけど」と、またぽろっと言ってしまったとします。
これが何代か続いたとします。何代か続いたっていいんです。
人生、生きてれば事故に遭うもので、これはもうどうしようもありません。車に跳ねられるぐらいなら誰でも経験するでしょう。
そして何代も続いていれば、たまたま死亡事故に遭遇してしまう可能性もあります。その時、思うわけです。「あの呪いは本当だったんだ……」と。
不幸な出来事が起こると、人は常に自分以外に原因を求めたがるものです。それが呪いなら、これ以上ないぐらい適切な「理由」になります。
こうして呪いは「成立」し、かくて呪いは効力を発揮した、となります。
もちろん、何代も続かなければ、やっぱり呪われてたんだ、ってなって終わるだけです。


だいぶ長くなってきたのでそろそろ締めです。
さて、呪いが成立する余地についてつらつらと書いてきました。状況をさらに推し進めます。
どんな呪いでもかまいませんが、どれか1つ、呪いが「成就」したとします。あるいは呪いとはまったく関係なく、「不幸な出来事」によって「呪いを受けそうな人」が急死したりしたとします。
そうした出来事が起こると、「呪いはやっぱりあるんだ」という噂が流れます。この声は大きい必要はありません。井戸端会議程度の広まり具合でいいんです。「もしかしたら」と誰もが思ってしまう程度に流れれば、それで十分です。
そうして「呪いは効果を持つ」というイメージが刷り込まれます。あとは、「呪いによる現象のようなもの」が発生すれば、それが呪いとなり、また新たな「呪いと呼ばれる現象」を「設定」します。
一度呪いに遭遇した人は、「呪いはある」と言うでしょう。そうして呪いの噂は広まり、民族的な価値観の中に押し込まれ、すでに分離不可能なものになっています。
人のいないところに呪いは発生しません。新種ウィルスのように、アマゾンの密林の奥深くで共生生物と仲良くやっていただけのウィルスを「発見」し「疫病」として流行させてしまったように、呪いはそれに触れた人のいるところにのみ発生します。


「呪い」という現象が言語化により規定された時、呪いはそういう性質を獲得しました。
呪いというのは、悪循環の象徴なのです。それが様々な要因により成立し、流行し、根付いてしまった。
だからこそ、呪いは「ある」のです。条件が揃えばいつでも誰にでも牙を剥く、それが呪いの姿です。


最後に。
本文中で触れられている化学物質がどうとか思い込みがどうとかいう話はデマです。信じないでください。似非科学、あるいは仮想科学の常套句です。根拠もデータもないのに、それはあるんだという決め付けの元に生み出されるこじつけの理屈です。
それでも世にはびこるのは、そうした「ショッキングだけど受けのいい」話です。
それこそが呪いじみているんじゃないか。そう思えてなりません。

*1:専門家じゃなくてもいい

*2:動物の生態的に合理性がある、と言ったほうが正確かな?

*3:もちろんいい意味で使われることもありますが

*4:余談ですが、軽度ながら、私もそういう病気?にかかってます

*5:すいません分類をド忘れしました

*6:根拠はありませんが

*7:爪とか髪の毛とかもありますが

*8:きっと揮発するんでしょう

*9:その瞬間、曖昧に感じていた「呪いの正体」を「理解」してしまうからです

*10:資料見ないで書いているので曖昧です

*11:呪いとは関係ないですが精神性の腸炎とかにはなったことあるので実感的にそう考えています

*12:幼少時に無理にトマトを食べさせられた私はいまだにトマトが苦手です。余談ですが