(14)
幸せになりたい、ってなんなんだろうな、と、学校の屋上で夕日を見ながら、経堂一矢は呟いた。
「なにそれ? ギャグ?」
答えた篠宮秋は、夕日には背を向けている。必然、二人の視線は交わらない。
「ちげーよ。マジな話だ」
「マジなほうがやばいと思うけど。病院行く?」
いちいち混ぜっ返すなよといいながら立ち上がり、一矢はそのまま真っ直ぐ歩いてフェンスに手を置き、夕日に染まる校庭を見下ろした。
「結局俺は恵まれてて……あいつらはそうじゃなかった。そういう話なら別にいいんだ。別に考えるこたぁねぇ、そいつらの不遇を俺らでどうこうできるわけでもないんだから」
秋は黙って手元の携帯を開けたり閉めたりしている。
「だけど、あいつらは。この国に生まれて、まあ運がいいのか悪いのかは置いておいても、軍に入って、食う寝るには困らない立場だったじゃねえか」
一時とはいえ、同級生だった二人の顔を思い出す。なぜか笑顔しか思い出せなかった。
「いまの世の中、この国の外じゃ食う寝るに困るような連中が大勢いる。見てきたわけじゃないけどな、そう聞いてる。それに比べりゃ何倍もましで、まともな生活なしてる俺らみたいのが……なんで幸せになりたいなんて思うんだ?」
彼女は言った。幸せになりたいと。だからヤシマを裏切り、合衆国の手先になったのだと。
「物質的豊かさと精神的豊かさは別、ってやつでしょ。まあ、聞き飽きた言葉だけど」
「そりゃあそうなんだろう。じゃあ、不幸なのは誰なんだ?」
食う寝るに困っていようがそこに幸福はあるのか、食う寝るに困っていなくてもそこに不幸はあるのか。
では、幸福とは。不幸とは。
「自分は不幸だと思ってる連中だろうね」
秋は感情を消して答える。
「俺が言いたいのはそういうことじゃねえ」
そう否定しながら、一矢の言葉には力がない。ただ強くフェンスを握り締めた。
「俺たちは、食う寝るに困らない国を守るために戦ってる。そうじゃねえか?」
「……そうだね」
「俺たちは、この国のそういう幸せを守るために戦ってる。そうだろう?」
「そうだよ」
コレに乗っていても、私は幸せになれないんです。彼女はそう言って、天使兵と共に攻撃を仕掛けてきた。シュネルギアをフーファイターに乗り換えたところで、なにが変わるわけでもない。彼女は結局、満たされなかった。
恋人を失ったから? 恋人ですらない、片恋の相手を失ったから?
その人を殺した合衆国に与した気持ちは、彼らにはわからない。
「幸せになりたいって……なんなんだよ」
答えるものはなく、日が沈んだ。