(24)

 ぼへーっと空を見上げていた。
 まあ、なんというか……それでなにがどう変わるわけでもないわけだが。
 そうしていれば、あいつが空を飛ぼうとした理由がわかるような気がして、というのは、恥ずかしくて口に出せはしないんだけども。
「またぼーっとしてる」
 真智にはしょっちゅう見つかる。なんでだろ。
「……いやーいちおういまは授業中だった気がするんだが?」
 わかってて屋上の階段室の上で寝転がってるんだから、人のことは言えやしないんだが。
「授業、つまらないから」
 あっさりと身も蓋もないことを言って、隣に座る。うん、まあ、なんというか。こいつもこいつで謎が多いというか、わけわからんやつではあるな。
 それ以上はなにも言わず、そのままぼーっとしてる。間抜けにも口が開いていた気がするが、特には気にしない。永遠に息を吐き続けられるなら、きっと永遠に溜め息を吐き続けていただろう。青空というのはそれぐらい特別で、それぐらい気持ちの悪いものだった。
「あいつは空を飛びたかったのかなあ、とか。思うんだ。こういう空を見てると」
 特に真智を見るわけでもなく。
 真智も特に答えるわけでもなく。
「でもきっと、違うんだ。あいつは、こんな青い空を見たって、そんなことは思わなかったんだ。ただ逃げたかった。何からかはわかんねーけど、たぶん、逃げたかったんだ」
 そして、飛んだ。空目掛けて。
 飛べない人は落ちるだけ。飛べる人なんていないから、落ちるだけ。
「一緒に生きてやりたかったなあ、って。思うんだ」
 空を見上げてれば、涙は零れないから。上を向いて歩くなんて器用なことはできないから、寝っ転がって空を見上げている、無様な自分。
「あいつはそれでも幸せだったのかなあとか。幸せだと思っててくれたのかなあとか」
「自分がそれを奪ったのかな、とか?」
「あいつは優しかったから。そして潔癖だったから。俺に助けられることなんて、本当は望んじゃいなかったんじゃないかって。思える」
 それが、辛い。悲しい。悔しい。
 自分こそが止めを刺したんじゃないかという妄想が、どうしても付きまとう。
 不意に空が見えなくなる。真智の手が、目を覆う。
「潔癖なのは、ヴァンでしょ」
 なんでもないことのように、なんでもなく言う。
「そうなのかなあ。そうだといいなあ」
「バカみたい」
 真智の言葉は短い。溜め息もまた、短い。
 思い悩むのはやめたんだと言わんばかりに、その言葉には迷いがない。
「本当は自分のせいだといいなとか考えてるんでしょ?」
「うん。まあ、そうだな。あいつが死んだのが俺のせいなら……俺はたぶん、それが嬉しい。そのほうが嬉しい。俺はそういうダメ人間だ。人間失格だな」
「そんなの前から知ってる。我侭小僧」
 真智も以前、そう言っていた。相棒が天使化して、止めを自らの手で刺して、それでそれは、自分とその子だけのものだと、そう言っていた。
 その行き止まりの気持ちが、わかる。わかっていた。それがどのぐらい甘美なものなのか、自己陶酔に浸ることがどういうことなのか、わかっていた。
 どれだけ偉そうなことを言ったところで、自分自身はそれを吹っ切れてない。自分はそういう、ダメ人間だ。
「私は別にいいよ」
 目蓋を覆う、真智の手が暖かい。
「別に、ヴァンがダメ人間でもいい」
 それは別に、なんの慰めでもない、ただの言葉だったけれど。
 少しだけ、救われた。ような気がした。
「そうだなあ。じゃあ、ダメ人間はダメ人間なりに頑張らんとなあ」
 一つ、大きく息を吸い込んで、体を起こす。
 頭を振って、真智を見つめ、にっと笑う。
 バカはバカでバカなりに、ダメ人間はダメ人間でダメ人間なりに、それでも生きていかなきゃいけないのが人生だ。たぶん、それはそういうものだ。
 なにがあったとしても、自分から生きることを諦めるのは間違ってる。まだ、言葉には出来ないけれど、でもたぶんきっと、それはそういうことなんだろう。
 過去を否定するわけでもなく。肯定するわけでもなく。
 生きているんだから生きていかなきゃいけないという、そんな矛盾のために。
「ま、生きてるんだからしょーがない。精一杯生きてやるさ。なあ?」
「うん」
 立ち上がり、真智に手を伸ばし、立ち上がらせる。
 意味もなく笑って、意味もなく照れて。
 生きてるって、たぶん、そういうこと。