(28−1)


 午前中は整備の連中との打ち合わせがあったので、午後から登校することになった。どこのサラリーマンだ俺は。
 まだ昼休み終了のチャイムは鳴っていない。昼飯は食っていないが、遅い朝飯なら食った。次の授業はアクシアが教師だから、理由をつけて昼食に行ってもよかったが、まずは荷物を降ろそうと教室に向かった。
 特務クラス、というのは、特務クラスと呼ばれるだけあって、一般生徒とは制服が異なる。「一目で軍人だとわかる」というのは、果たしてメリットなんだろうか? と疑問に思うことが多いが、少なくとも校内での人間関係はうまく回っていると思う。
 つまり、一般生徒は特務クラスの連中には近づかないという「魔除けの札」として。
 特務の連中は、どうあれ一般生活には馴染めない手合いが多いから、それは正しい判断だと思う。特務の中ですら、派閥もあれば好き嫌いも苦手もある。一般生徒の場合、「敬遠すべき派閥」の括り方が「特務クラス」という名称とイコールになっているだけだ。
 シンプルでわかりやすい。世の中というのはこうじゃなくちゃ生きづらい。
 廊下の真ん中を堂々と踏破して、教室に辿り着く。どこぞの奇跡を起こしたおっちゃんじゃないが、人波が勝手に割れて道が出来るというのは、地味に気分がいい。
 教室に入ると、ほとんどの席が空席だった。三々五々戻ってくるだろうが、大体の連中が学食に行くかカップルで弁当をつついているだろう。
 特務の特色の一つとして、カップル率の高さが上げられる。吊り橋効果のせいか、はたまた青い春な時期のせいか、コンビを組んでいたり同じ小隊にいたりすると、やたらとカップルとして成立する率があがる。で、コンビを解消したり小隊が変わると別れるわけだ。それもまたシンプルな話である。
 自分の相方であるところの黒根真智は、柚月アリスあたりに引っ張り出されて屋上あたりで弁当でも食ってるだろうと思っていたが、意外なことに教室にいて、意外なことにセラピアパルマコンと一緒に弁当をつついていた。どういう組み合わせだ?
 柚月アリスもそうだが、セラピアパルマコンもそういう性癖の持ち主で、つまり、相手の言いたいことをあんまり聞かないで自分の言いたいことを実に楽しそうに語るという癖がある。真智はそういう手合いに好かれやすく、というのもなにを話しても邪険にはしないし真面目に聞くからだろうが、つまり押しに弱いので、戸惑い顔ながらもとりあえず同じ卓を囲っていた。
 静かに教室に入ったわけでもないので、真智はすぐこちらに気づき、小さく手を振った。セラピアもそれでこっちに気づいて、大げさな身振りで手を振り、自慢の(自慢してるかどうかは知らないが)ツインテールも一緒にぴこぴこ揺らしていた。あの髪は自由に動かせるらしいという噂を聞いたことがあるが、なぜか否定する気になれない不可思議なツインテールだ。
「そういうわけで、よろしくなんだよ〜」
「うん、わかった。放課後ね?」
「そうなんだよ〜」
 どうやら食事はすでに終了していたらしい。荷物を自分の机に置いている間に、セラピアはさっさと自分の席に戻ってしまった。逃げられたのか、俺?
「おはよう、ヴァン」
 ちらちらとセラピアの様子を伺いながら真智のところに向かうと、先に声をかけられてしまった。
「おう、おはよう。……おはようって時間か?」
「こんにちわってなんか他人行儀なんだもん」
 まあ、わからんでもないが。
 真智の隣の席の奴の椅子に勝手に座り、で、あれは? とでも言うように、セラピアに向かってあごをしゃくってみせる。
「うん、なんかね、お見舞いに一緒に行って欲しいんだって」
「へえ。……へえ? お見舞いって、誰か入院してたか?」
 ここのところ、天使兵の襲撃も大人しいもので、そんな大怪我をした奴はいないと記憶していたが。
「うんとね、なんて言うのかな、一度も学校に来たことない子なんだって。ここに特務クラスが出来る前からシュネルギアのテストドライバーしてた子らしいんだけど、訓練中の事故で入院することになっちゃって、それ以来ずっと入院してるらしいの」
 らしい、らしい、ということは、全部セラピアから聞いた話か。まあ、それはそうだろう。自分が知らないギアドライバーを、真智が知ってるというのも妙な話だ。
「で、お見舞い? なんでいまさら?」
「いまさらって……まあ、いまさらかもしれないけど。その子がね、特務の……っていうか、他のギアドライバーとかナビゲーターとか、そういう子にも会ってみたい、って言ってたんだって。それでたまたま、私がいたから」
「暇そうだし連れてったれ、ってことか」
「暇そうだしは余計」
 スパコンとどこから取り出したのかハリセンで叩かれた。ボケとツッコミが定着しつつあるんだろうか? いいことだろうが、よくない傾向だ。
「で、ヴァンも一緒にどう? って」
「へえ。行っていいのか?」
「なんでダメなの?」
「なにしろこの俺だぜ?」
「……不思議とすごい説得力があるね、それ」
 ほっとけ。
「でも、私一人で行っても、その、あんまり面白くないだろうし。私がじゃなくて入院してる子が」
「まあ、セラピアにからかわれて終わるぐらいだろうな」
「……釈然としないけど、その通りだと思うの。だからヴァンも」
「俺は別にいいけどよ。あいつはそれでいいのか?」
「うん。セラピアも是非にって言ってたし、大丈夫だと思うよ」
 嫌われ者としての自覚がある身としては、是非、とか言われると胡散臭いと感じてしまうが、かといって真智を一人で放り出すほど薄情になる気もない。時間の都合はつけられるだろうし、一緒に行くしかないだろう。
「にしても、なんでセラピアがそんな奴の面倒見てんだ?」
「さあ……詳しい話は聞いてないけど……」
 ま、特務の中でも謎の多さではピカイチのセラピアのことだ、その程度の不思議は当たり前ではあるが。
 一度も登校したことのないギアドライバーか。興味がないと言えば嘘になるが、不気味な予感しかしない話である。