(28−8)


「お前が殺したんだろ?」
 自然と詰問調になった。
「そうなんだよ」
 セラピアは微笑みながら答えた。
「じゃあ、なんで真智を連れて行った?」
 それが一番の疑問だった。
「それが繭ちゃんの望みだったんだよ」
 それが一番解せなかった。
「新城繭は、なんのために真智を……見たこともないクラスメイトなんてものを望んだんだ?」
 それを理解する必要があった。
「繭ちゃんは、知りたかったんだよ。自分が異常なのかどうか、異常になってしまったのかどうかを」
 それは、わからないでもない。
「お前はなんで真智を選んだ?」
 それが理解できない。
「ヴァンちゃんが真智ちゃんの恋人だったからだよ」
 それをしてなんの意味がある。
「俺は当て馬か?」
 それならまだわかる。
「二人の絆を見せてあげて欲しかったんだよ。ヴァンちゃんは繭ちゃんととてもよく似ているから」
 それが一番気に入らない。
「お前が新城繭と仲直りするためのダシにしたってことだろ?」
 それが俺を傷つけた。
「僕は繭ちゃんが好きだったよ。大好きだったよ。だけど、好きなだけじゃ許されないこともあるんだよ」
 それは一体なんだ?
エーテル耐性が強いってことは、それだけエーテルを溜め込めるってことだ。エーテルを溜めに溜めて天使化すれば、それだけ強い天使が生まれる。違うか?」
 それはただの推測だ。
「違わないんだよ。その通りなんだよ」
 それはただの邪推だ。
「お前が、とは言わないけどな。お前たちは、新城繭が類稀なエーテル耐性を持っているのを知って、天使化しても意志を失わない天使を……天使兵を作り出そうとしたんじゃないのか?」
 それなら納得がいく。
「天使兵をシュネルギア技術で改造して、単独でも稼動可能な第四世代人間戦車を作る。それが計画の最終地点じゃないのか?」
 それを使って何をしようとしているのかまではわからない。
「半分正解、でも半分不正解なんだよ」
 それは口外法度のはずなのに、セラピアは気軽に口にした。
「人間戦車のメリットは汎用性ということになってるんだよ。どんな状況、どんな地形、どんな環境でも対応可能な汎用性。人型だからこその操作性。だけどエーテルを燃料にしている限り、天使化というリスクが付きまとうから、どうしても稼働時間が圧倒的に短くなっちゃうんだよ」
 それは知っている。
「そんなの、兵器としては使えないよね?」
 それでなぜ微笑む。
「そして、天使化するのが問題なら、どうしたら天使化しないのかを考えるのは当然なんだよ」
 そこで言葉を切って、セラピアは俺の理解を待った。
「……すでに天使化しているものであれば、そもそも天使化することはないってことか」
 それには答えず、セラピアは微笑んだ。
シュネルギアは不完全な兵器なんだよ。それは、完全機械化兵との効率差からもよくわかる……コストパフォーマンスが圧倒的に悪すぎるんだよ。戦争も経済活動の一部だから、そんな効率の悪い兵器はメインラインから外されて当然なんだよ」
「だが外されていない。外させようとしない連中は、それでなにを狙ってる?」
「救世主を」
 そんなものは馬鹿げている。
「それが人の望みなんだよ。人はいつでも救われたがっている。……そしてそのために争いが起こるんだよ」
 新城繭は、まさしくそうだった。セラピアを思うことで救われようとしたが、セラピアに想われなかったために自らの死をかけて復讐を願った。
 救いは、まさしく絶望を生み出すためにある。
「つまり」
 重要なのは、第四世代人間戦車がどうとか、戦争がどうとか、救世主がどうとか、そんな話ではない。
「新城繭は、お前に好かれたいと思っていた。お前は、救世主だかなんだかのために、新城繭への好意を示すことが出来なかった。新城繭は、お前に好かれないなら、いっそお前と一緒に死のうと思った。お前は、一緒に死んでやる気なんてなかった」
 それが前提だ。
「お前は、その好意のために新城繭を殺す気はあったが、新城繭は、お前に殺される気はなかった。だから俺と真智を新城繭に会わせて、新城繭が自ら死を望むようにした」
 絶望を押し付けたということだ。いままでより、より苛烈に「お前が生きているのは害でしかない」と見せ付けただけだ。
「新城繭は、自分に好意を寄せてくれる人がいれば、それが誰でもよかった。癒されがたい孤独が癒されるなら、藁にだってすがろうとしていた。お前は真智を新城繭に与えて、新城繭から最後の生きる気力を奪った」
 どこまでが計算尽くだったかはわからない。状況の推移だけを追えば、そういうことになる。
「お前は、新城繭が死という救いを求めるように仕向けて、新城繭が頼れる人間という選択肢を狭めることによって、自分が新城繭に止めを刺すことに成功した。違うか?」
 なぜ真智だったのか。なぜ俺だったのか。答えの行き着くところは、そこだ。
 俺たちなら、他のギアドライバーやナビゲーターを連れてくることはないと踏んでいたからだ。余計な部外者を迷い込ませないために、俺たちが使われた。
「否定はしないんだよ。状況は確かに、ヴァンちゃんの言う通りだから」
 そして、微笑む。仮面にはもううんざりだ。
「二度は許さねえ。だが今回のは、俺の手落ちだ。お前を甘く見すぎていた。お前はいい教師だった。誰がなにを企んでいるかわからない。俺はそれをわかっていたはずなのに、まんまとはめられた」
 真智を泣かせた。俺以外のことで真智が泣いた。俺が一番許せないのはそれだけだ。
「僕も二度とごめんなんだよ」
 笑顔の端に涙を零して、セラピアはそう言った。
 その時初めて、セラピアの素顔を見た気がした。