(31−1)


 柔らかな感触を幻想の中で握り潰しながら、目が覚めた。
 目が覚めて、涙がこぼれていた。驚いたのは、自分の中の衝動の具現としか思えない夢を見たことであり、それがこんなにも直接的に表れたことだった。
 鼓動が早い。呼吸を浅く、速くする。次第に落ち着きを取り戻し、しばらくしてようやく不快な汗を拭うことができた。
 昨日の出来事が原因だというのはわかっている。真智が、あの真智が、冗談半分で言った同居の件に、OKの返答をするとは思っていなかった。無論、実際にそのようなことがそう簡単に出来るわけもなく、約束の言葉でしかないのだが、心が躍る一方で、酷く狼狽してしまった。
 理由は、わかっている。もし本当にそんなことになったら、自分は失望されずにはいられないからだ。
 ベッドと、机と、わずかな書籍だけの部屋を眺める。収納に仕舞われている衣類を除けば、本当に生活に必要なもの以外はなにひとつ置いていない。出身の孤児院に寄付をするために、という言い訳も立つには立つが、より単純に、インテリアだとか娯楽品だとかいうものを、どう扱えばいいのかがわからないというのが本音だった。
 この部屋は、自分自身を象徴している。いや、住んでいる場所というのは、多かれ少なかれ、住人の内面を反映しているだろう。真智の部屋は、女の子の部屋としては飾り気は少ないが、皆無というわけではない。そういう意味で、きちんとした日常を持っているのは確かだ。真智自身がどう思っているかはわからないが、真智はどこにでもいるような女の子でしかない。
 自分は違う。違うだろう、と思う。和音の部屋も、篠宮の部屋も、多少殺風景なきらいはあるが、ここまでじゃなかった。歳相応に漫画や雑誌が置かれていたが、自分の部屋にあるものと言えば、誰かが置いていった本ぐらいのもので、自分自身で購入したものはなにもない。
 真智のために、真智の望むものを与えるためなら、いくらでも金を出す。どんな手段を使ってでも手に入れる。その確信はある。しかし自分のために何かを買うという行為自体、想像ができない。
 自分は、この部屋のように空っぽだ。どれだけ虚勢を張ったとしても、虚ろな中身を隠すばかりで、中身を詰め込もうとすら思わない。何を詰め込めばいいのかすらわからない。そうして虚勢を張ることばかり覚えて、よりいっそうの虚飾にまみれている。
 真智のために。真智のために。真智のために。いつもそんなことを考えている。それなのに自分の本心は、夢見たように、真智をこの手で殺すことを望んでいる。
 拒絶されたくないから? 自分が拒絶することなどありえないから、たぶんそうなんだろう。たとえ真智がどんな人間だろうと、いまさら自分がひるむことはない。真智が世界で一番わがままな人間だったとしても、世界で一番冷血な人間だったとしても、世界で一番残酷な人間だったとしても、自分の気持ちは揺るぎそうにない。
 自分の自由にならないのなら殺してしまえ。自分こそがわがままで冷血で残酷なのを棚に上げて、なにが真智がそうだったとしても、だろう。そんな自分のあさはかさに、酷薄さに、そして卑劣さに、自分で自分を絞め殺したくなる。
 手のひらを見つめる。夢の中で真智の首を絞めた感触を思い出す。
 真智の首は柔らかく、真智の鼓動は暖かかった。
 首を絞められた真智はどんな顔をしていただろう。思い出せないそれを振り払うように立ち上がり、着替えを始めた。