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 誰と交渉をすればいいだろう、と考える。
 ギアドライバーとナビゲーターの同居。そんなものに許可が出るとは思えない。思春期の若者だからとか、そういう理由ではない。お互い、いつ死ぬかわからない身なのだから、同居を許可して精神依存度をあげさせる理由がないからだ。
 たとえ死ぬことがなかったとしても、パートナーの交換は常にありえる。そうさせないためには、自分と真智のペアの有用性を実戦で証明し続けなければならない。
 それには、どちらかが際立った性能を出すわけにはいかない。お互いのバランスが最適であるという結果を出し続けなければならない。
 手加減、をしているつもりはない。自分が全力を出せば、真智も全力でサポートしてくれる。その結果、パートナー関係が解消されずにいる。それだけといえばそれだけのことだが、このままではいつかパートナーを解消されるのではないか、という心配がないでもない。
 それこそ、精神依存度が高まりすぎたと判断されたなら。理性ではなく感情で判断するようになったと判断されたなら、なんのためらいもなく切り離されるだろう。命令は理性で聞くものだ。感情は命令違反しか生まない。
 大佐はきっと、この件では使えない。使えるかもしれないが、攻め方がわからない。羽村も使えない。情報収集には使えるし、秘密工作にも使えるが、内部工作には適しているとは言えない。
 そうなると、中隊長あたりから攻めるしかないか。正直、あの女はどういう反応をするのかわからないから、苦手なんだが。
 かといって他に手はなさそうだ。学校から帰ったらとりあえず面談の手はずを整えるとしよう。
「おはよう」
 宿舎を出ると、いつもの通り、真智が待っていた。お互い、寝坊とは縁がない……もう少し遅くしても始業には余裕で間に合うが、なんとなく、まだ誰もいないような時間から待ち合わせをする習慣になっていた。
「おう、おはよう。今日もいい女だな、真智さん」
 茶化すように言って、一緒に歩き出す。昔の真智ならすぐ照れていたが、最近は軽くいなすだけで、反応すらしない。慣れと言えば慣れだろうし、真智が強くなったと言えば強くなったということだろう。
 それでいて、こんな時間に待ち合わせをするのは、真智自身が、まだ他人というものに距離を置こうとしているからかもしれない。
 ……いや、その傾向が強くなったのは、鷲峰雪緒の一件があってからか。真智にどんな心境の変化があったかはわからないが、自分にはより心を許すようになったと思う。
 それは、まずい。それはわかっている。精神依存度をそう簡単にあげてはいけない。それは最終的にはペアの解消に繋がりかねない。
 それなのに、それを拒否することのできない自分がいる。わかっていながら、破綻することを意識していながら、それに溺れていたい自分がいる。
 弱いのは自分だと自覚する。この弱さは真智を傷つけると意識する。
 一緒に歩いているのに、あまり言葉を交わすことはない。お互いに、お互いがいればそれで満足している、とも言えるし、不用意な言葉が、自分と相手の関係にひびを入れるのではないか、と恐れているとも言える。
 どちらも正解だ。だからきっと、自分たちの関係はこのままだ。
 手を伸ばして、その手に触れたいと思う。指を絡ませて、その感触を味わいたいと思う。言葉ではなく、鼓動だけでお互いの存在を感じたいと思う。
 勇気のない自分は、たったそれだけのこともできないでいる。
 自分は、本当に、真智を守ることができるんだろうか。そんな疑念ばかりが募っていった。