(31−6)


 目が覚めて、頬に違和感を感じ、眠りながら涙を流していたことに気づいた。
 自分はそんなに悲しい夢でも見たんだろうかと涙を拭おうとして、その手が別の誰かの手に握られていることを思い出す。
 体を起こし、隣を見下ろせば、寝巻き姿で静かに寝息を立てている真智の姿があった。真智がしっかりと自分の手を握り、いまだに放してくれていなかったことに感嘆するやら驚嘆するやら。
 珍しく真智がごねて、今日は帰らないと言い出した……それが、現状の原因である。そんなことをしたら上の連中ににらまれるし、明日には他の連中にも冷やかされるぞ、と言っても、少しだけ躊躇った後、かまわないと言い張った。
 個人的な心情としては構わなくても、それだけでは通らない筋もある。真智がシャワーを浴びている隙に御前静中佐に連絡を入れ、現状を報告し、口頭でだか許可を取り付けた。嫌味な笑いを聞かされたが、意志の力で無視して報告を終えた。
 だからまあ、変な言い方になるが、この状況は公認であり、合法でもあった。
 一緒のベッドに眠りはしたが、なにもしてはいない(そりゃあ、寝る前にキスぐらいはしたが)。自分でも大した理性だと思うというか、「自分たちにはまだ早い」とかどの口が言うんだと我ながら思ったりもしたが、どうしても真智が譲らなかったので、手を握るだけに留めた。
 心臓がドキドキするのは事実で、なんで襲い掛からないのか自分が理解できなかったが、いざそういう気持ちになると、その気持ちに急激に反発するように血の気が引いてしまい、指一本動かせなくなってしまう。それは以前から感じていた傾向だったが、こうも直接的な状況になって、改めてそれに気づかされた。
 自分は、それを恐れている。それが正解だ。御前中佐もそれに気づいていて、自分と真智の同居を認めなかったに違いない。想像の中ではどんな酷いことも出来る癖に、現実には手を握っただけでどぎまぎしてしまう。体がそれを受け付けない。
 そんな自分を知ったら、真智はなんと言うだろうか、とその寝顔を眺めながら、ぼんやりと思う。自分は不能ではないと、そう思うが、だが実際はそうなのだろうとも思う。
 想像するだけなら、原因についていろいろと思い当たることはあった。あいつを死なせたことや、あいつの狂気の原因や、一線を越えることによる関係の変化や、それに対応できる自信のない自分や、真智に拒絶されたくないという思いが複雑に絡まりあって、自分を縛り付けている。
 じゃあそれを解決できれば、自分は真智をどうこうできるようになるんだろうか、と考えても、それはそれで、想像の埒外にあった。決定的な意味で、自分は真智を自分の好きにする、という行為が想定できないでいる。
 考えても煮詰まるだけだし、前向きな答えが出るわけでもない。なにも考えずに寝てしまうのが一番だとわかっていても、妙に目が冴えてしまって、すぐには眠れそうになかった。
 自分が体を起こしたせいで、掛け布団がめくれたせいだろう。真智が小さく声をあげて身をよじった。
 その拍子に覗けた鎖骨や滑らかな腹部を見て、欲情する自分と、そんな感情を切り捨てようとする自分が頭の中で衝突し、混乱する。こんなにも無防備な女を前にして自分はなにをやっているのかと叱り付ける声と、自分を信頼している女を前にしてなにをする気なんだと叱り付ける声が同時に頭の中に響き渡る。
 真智の手をそっと放して、ベッドを抜け出した。
 冷水のシャワーでも浴びないと気持ちを静められそうになかった。