バビロンの空中庭園

 その"塔"の上部には、いつも雲がかかり、頂を地面からうかがうことはできない。雲を突き抜けた先に、なおどれだけの高さがそびえているのか、知る者はごくわずかだ。
 空中庭園と呼ばれるそのダンジョンは、いつからそこにあるのか、正確なところは誰にもわからない。その空中庭園を含む街……街そのものが国でもある……の歴史よりも古く、神々の時代にまで遡るだろうとは言われているが、いまとなっては確かめる術はない。
 空中庭園は、冒険者が侵入する度に形を変える。フロアを制覇すればいつでも撤退することができるが、再侵入はまた初めからというルールのために、無理に上のフロアに突入して散っていった冒険者も少なくない。
 空中庭園を含む街にして国、バビロンは、空中庭園が産出する、モンスターとドロップ品によって歳入のすべてを賄っている。そのため、産業らしい産業はないのだが、空中庭園に挑む冒険者をサポートするあらゆる施設……宿泊施設、鍛冶屋、魔法協会の支所、その他諸々の冒険に必要な道具を取り扱う店……が存在し、また、空中庭園の制覇が冒険者のステータスとなり、実力の証明ともなるため、いつしか冒険者ギルドが発達した、特異な都市国家となっている。
 空中庭園に挑む冒険者には、二種類存在する。ひとつは、空中庭園で力試しをし、より高く自分を売り込もうとする"挑戦者"。もうひとつは、空中庭園の産出品によって生活する"専業"である。
 空中庭園では、毎日必ず死者が出る。死者を管理するために、侵入時のレベルに応じて、帰還に時間制限を設け、それを越えたら自動的に死亡認定するといった仕組みすら備えているのは、空中庭園に挑み、全滅するパーティーも少なくないからだ。
 運良く生き残った者がいれば、その者の口からでも死亡認定はされる。ただし、空中庭園から三回、一人で帰還した者は、以降の挑戦は単独でしか認められなくなる。これはダンジョンという特殊環境下において、他者を犠牲にするような不正行為を禁じるためのものである。
 バビロンは冒険者によって成り立っている。空中庭園だけでは宝の持ち腐れであり、それが生み出す無限の資源を有効活用することはできないからだ。
 また、国としては小国であるバビロンが独立を維持できているのも、冒険者の働きが大きいと言える。一騎当千の働きをする冒険者を多く抱え、それを雇用するだけの金銭にも恵まれているだけではなく、空中庭園が産出するモンスターのドロップ品は、魔法協会や神性神殿が喉から手が出るほど欲しがる物も多く、これらの組織が公然の秘密としてバックアップしているからである。
 そしてまた、各国に対して中立を維持していることから、重要な外交交渉や式典は、バビロンが使われるのが通例にもなっている。
 もっとも国土を持たない、もっとも世界に影響を持つ国。それがバビロンである。