関係性と人間性

更新が止まってるのはネタがないからですが、最近見た映画からの着想でも。

こわれゆく世界の中で - Wikipedia
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描写の解釈のひとつとして、「関係性が崩壊した結果として、人間性が崩壊する」ようなシーンがあったので、なるほどなあと勝手に感心した映画です。


「関係性の崩壊」の「関係性」というのがなにを指すのかといえば、「恋人関係」だったり「夫婦関係」だったり「親子関係」だったりします。「友人関係」でもなんでもよろしい。言ってみれば普遍的な人と人との関係のことです。あ、人同士じゃなくてもいいか。「自分と世界の関係」みたいなのでも。
人間性というのは、この関係性の上に成立するものであり、関係性が崩壊するということは、それを前提にする人間性もまた崩壊する、というような解釈です。


映画のシーンを抜粋すると、ネタバレにならないようにいちおう抽象化しますけど、恋人関係がまずあって、それがうまくいかないと、恋人以外に改めて恋人関係を要求しようとする、という行為に現れるわけです。
「恋人関係の崩壊」によって、人間性的にはだいたいの人の価値観(微妙な逃げ表現)の元では如何なものかと扱われる「浮気」に走ると。
とりあえず、原因と結果には善悪がないってことにしますよ。いい悪いを語りだすと切りがないし果てもないから。単純に「因果関係がある(だろう)」って話です。


最近、あれこれと市販リプレイ本を積極的に読むようにしてるんですが、大体のクライマックスシーンで行われる演出は、「敵ボスの(なんらかの)関係性の崩壊による暴走」が原因だったり、逆に「敵ボスの(なんらかの)関係性の修復による沈静化」による収束だったりするなあ、とも思ったわけです。場合によって、修復じゃなくて別の関係に転化したりもします。
ダブルクロスリプレイのストライクシリーズとか、そんな感じかなと。以蔵ともみじの関係とか、以蔵とPC1の関係とか、モルガンと最強の関係とか。


人間ドラマ、という観点から見た場合、なんというか当たり前の話といえば当たり前の話で。特に恋愛物なんて、「誰かと誰かの恋愛関係」が構築されたり崩壊したりする話、と大雑把に解釈することもできます。あくまでも解釈の例ですが。構築のきっかけに別の恋愛関係があったり、崩壊のきっかけに親子関係があったりするわけですな。
そして、今回のエントリでは、「関係性の崩壊」というのが、登場人物の「動機」としてわかりやすいし、普遍的でもあるだろうな、というシナリオフック的なことが書きたかったのです。重要NPCの関係が構築されたとか崩壊したとか、そういう起点がシナリオ以前に起こっていると、動機がわかりやすいと。
あるいは、なんらかの(大事な)関係性が崩壊しかけると、人は防衛反応を見せる、ということでもあります。以蔵が(1巻のヒロインの名前忘れた)といちゃつこうとするとシャルが撃退する、みたいな。


ま、そういうシナリオばっかり作ってる私だからこそそう思うのかもしれません。その辺は他山の石とでも扱ってもらえればなと。
ただ、これはオンラインセッションの場合、という限定がつきますが、シナリオの目的というか着地点って、一つに絞ったほうがいいんですよね。オンラインセッション、特に文字チャットの場合、シナリオ全体の見通しがすごく悪くなるし、ストーリー理解のフォローとかサポートとか、けっこうおざなりで進んだりもするので。
そういう着地点を設定する時に、こうした関係性を設定しておくと、非常に素直というか、わかりやすいとも思います。結局エンゼルギアばっかりやってるのでエンゼルギアのルールブック記載シナリオを例に出しますけど、あれのシナリオ1は、「PC1と日常との関係性の崩壊」が中心だったりするわけですから。
そして目的を明確に設定することが、マスタリングする上でのブレは減らせるわけです。展開の硬直性とかも生むので、バランスは難しいですけども。でもバランス感覚なんて個人差の話にしかならないので、私はまったく気にしません。みなさんも好きにバランスとってください。