あるプロジェクト参加者の手記(5)

『Project Maria』

実験が成功した。ついに天使化を無事に行わせることができた。
ポイントはやはり素体だった。素体の精神状態こそが鍵だったのだ。
これまでは素体の状態など気にしていなかった。泣こうが喚こうが、遠隔制御で天使の血を注射する分にはまったく関係がなかったからだ。
ある研究者が、素体を鎮静化させてみてはどうか、と提案してきた。他に手もなかった、という程度の理由で、その案は採用された。
問題となったのは、どのように鎮静化させるか、という点だった。そこで用いられたのが、鎮静作用のある薬である。脳及び身体の働きを鈍化させ、エーテルの流れも鈍化させるというのがその主旨だった。
最初はバカバカしいと思っていた。そんな簡単なことでエーテルの流れが制御できるものかと思った。
しかし、その試みは成功したのだった。
鎮静作用の強い薬には、えてして譫妄状態などの副作用を伴うが、素体が状況を理解できなければできないほど、エーテルの流れは阻害され、急激なはずのエーテル反応が至極ゆっくりと進むことがわかった。これはこのプロジェクトだけではなく、他のプロジェクトでも応用できる発見だろう。
致死量を誤って数人死なせたが、それもこの成果の前では些細なことだ。お陰で投薬量とエーテル反応の進行速度の因果関係がわかってきた。
初めて実験が成功した素体の名をマリアというらしい。天使の加護を受けし者、とでもいうのだろうか。奇妙な偶然もあるものだ。
しかし、このプロジェクトの性質を現す上で、これ以上のものはないだろう。改めて今プロジェクトの名を『Project Maria』とすることになった。