この朽ちたる身が願わずにはいられずに(2)

 ただ一つだけ、自分にも、ただ一つだけ言えることがあるのだと、彼女は確信していた。
 大佐に拾われ、命を救われ、生きる目標も死ぬ目標すら与えられた彼女にとって、大佐こそがすべてで、大佐以外の何物も意味など持てなかったからこそ、彼女はようやくその答えに辿り着き、そしてそれを告げなければならないと思った。
 あなたに罪はありませんと。あなたはあなたの意志でその手を汚し、私の知らない誰かとの約束を守るためにその地位に立ち続け、結果として救われぬ命をいくつも失ってきたけれど、それはあなたの罪ではないのだと、彼女はようやく確信を持って言えるようになった。
 大佐はそれを自分の罪だと言うかもしれないけれど、彼女は明確にそれを否定することができる。あなたは万能ではないのだと。万能ならざる身にあらゆる責任を負うことはできないのだと。
 あなたの罪は、あなたを万能視した連中の罪なのです。あなたにはなんでもできると、あなたならなんとかできたんだと、そう後悔する連中の口さがない思いがあなたに罪を押し付けようとしていたんです。
 許されざるは大佐ではない。自らの責任を負おうとしなかった連中にある。
 私は、私もまたそんな連中の一人で、あなたによって救われようとしていた私は、だからそれをあなたに告げなければならないのだと、彼女は必死の思いで走り続けていた。
 なのに、体が重い。思うように走れない。体の一部がごっそりと失われているかのようにバランスが悪く、真っ直ぐ進むことすら難しい。
 事実、彼女の右脇腹は砲弾によって吹き飛ばされ、その左腕は根元から千切れ飛んでいる。左の太股には深い裂傷が走り、左目は潰れて機能を停止している。いくら完全機械化兵であるとはいえ、行動不能に陥ってもおかしくないほどの損傷を受けながら、それでも彼女は、その意志の力によって、頼りない歩みを続けていた。
 ようやくあなたのことがわかったんです。ようやくあなたと向き合う勇気が持てたんです。私はただ、あなたの側にいることで満足していたけれど、本当の意味でそうなるための答えが、ようやく見つかったのです。
 彼女はただひたすらに、祈るような思いで足を前に出し続けていた。大佐への思いだけを心の支えにして、大佐の執務室に向かっていた。
 いま基地を騒然とさせている事態は、反乱などという生易しいものではない。内部に同調者を作り、内から崩壊するように仕向け、その緊張感がピークに達したところで戦力を送り込む。いままでの合衆国の力任せなやりかたとはまるで違う、蜘蛛の巣のように緻密に張り巡らされた計略の糸が、何一つ抵抗を許さずに瑞穂基地を劫火に沈めようとしていた。
 それでもこの基地は生き残る。大佐がいて、ギアドライバーのバカ連中がいて、この基地が好きな連中がいれば、何が起こったって跳ね返せる。すでに数機のシュネルギアも発進していた。あとはただ、反乱勢力を鎮圧するだけである。
 だから私は、この惨状を無視してでも、あなたに会いたい。
 視界が霞む。自分がどこを歩いているのかもわからない。それでも体は自動的に動き、大佐の執務室へと向かっていた。
 どれだけの時間がかかったのだろう。すでに外には戦闘の気配すらない。それだけの時間をかけて、彼女はようやく大佐の執務室に辿り着いていた。
 いつものように、扉を開ける。正面には椅子に深く腰掛けた大佐の姿が見える。
 いつものように声をかけようと口を開けた瞬間、耳元で花火が弾けたような音がして、大佐の苦しげに歪んだ顔を一瞬だけ映した桜花の瞳は、速やかに色を失っていった。