この朽ちたる身が願わずにはいられずに(3)

「故障? また?」
 また? の部分に隠し切れぬ不快感を滲ませた篠宮鈴音の声に、思わず顔を上げていた。
「また、って言いたいのはこっちなんだがな」
 頭を掻きながら怒りをこらえた様子のパイロットが答える。確かに整備はパイロットの仕事ではないし、故障が頻発するのであればその責任が還元されるべきは整備班になるが、手抜きも不正も大嫌いな鈴音は自分の整備に自信と誇りを持っており、整備不良と決め付けかねない勢いで故障を訴えられれば、ストレートに反発するのも当たり前の話だった。
 確かに最近、故障の話をよく聞く、と思いながら、格納庫を見回す。自分の機体は、ほとんど自分と鈴音で整備をしているから故障になったことはないが、そこかしこから上がる整備不良の声は、本来良好であるべき整備班とパイロット連中の仲を険悪なものにしていた。
 整備不良が発見されるのが訓練時なら、まだいい。しかしここのところ、天使兵の襲来が連続的に発生しており、出撃のすべてが実戦と言ってもいい状況だ。一回に攻め込んでくる天使兵の数自体は大したものではなく、迎撃班の一機や二機に故障が発生したところで大した問題はないが、それも度重なれば話は別で、出撃を重ねるごとにパイロットと整備班の緊張感は高まる一方だった。
 戦闘が連続しているんだから、そういうこともあるだろう、と見る向きもある。しかしそれは極一部の、しかも整備班側の言い分であって、戦場で故障を出された日には自らの命を失うパイロット連中にしてみれば、「そういうこともある」の一言で済ませられないのも事実だった。
 一部では合衆国の戦略に変化が出てきたんだ、という声も上がってきている。散漫な、しかし間断ない攻撃によって、瑞穂基地を常に臨戦態勢の緊張化に置く……それは確かに有効な戦略で、緩ませられない緊張はミスを誘発する。整備不良の声を上げるパイロット連中にしても、戦場での操縦に乱れが見られ、以前では考えられないほどの被弾率を見せ始めている。
 一度歯車が狂ってしまえば、後は壊れるだけ……それがわかっていたとしても、狂ったまま回り始めた歯車を正常化するのは並大抵のことではない。一番いいのは一度回転を止めてしまうことだといっても、こうも連続して襲撃を受けている状況では、止めたくても止められないというのが現状だった。
 基地上層部でも、現状を深刻に捉える連中が増えているという。それでもこの現状、というのは、上層部の無能というよりも、慢性的に人員不足を抱えている瑞穂基地の弱点が表出しただけだった。
 次々と新兵器を導入する、と言えば聞こえはいいが、それは熟練者の不在を意味し、効率化しようのない現場を作り出している。実験基地として運用されている以上、それは仕方のないことで、一部には熟練の兵を配置しているものの、主力が実験部隊という状況をカバーできるものでもない。
 つまり、状況は最悪で、改善しようがないということだ、と胸中で締め括り、パイロット相手に喧々囂々の舌戦を繰り広げている鈴音をとりあえず無視して、機体の調整を続けることにした。自分のようなシュネルギアパイロットは、鈴音と口論している機械化兵のような古参兵からはあまりよく思われていない。子供だから、というのもあるだろうし、シュネルギア自体が反則じみた性能を発揮するというのに、パイロットになれるのは一部の限られた資質を持った者だけ……しかもその大半が中学生や高校生の子供ともなれば、彼らの不満も当然のものと言えた。
 戦士には戦士の矜持がある。自分のような存在は、それを傷つけこそすれ、満足させることはないだろう。
「お姉さまが絡まれてるってのに……あんたいっつもそんなね」
 シュネルギアに乗る相棒であるところの鈴蘭苺にそう嘆息されつつも、特に答えない。苺も、ここで口を出すのは薮蛇だと理解しているのか、それ以上文句を言うわけでもなかった。
 以前はよく一方的に喧嘩を売られていたが、最近ではそれも減ってきている。ようやく自分のことを理解し始めたらしいと思っても、特に相手を理解する気のない身としては、だからどうということもなく、面倒が減ったと思う程度だった。
 気をつけなければならないのは、むしろこれからである。パイロットと整備の小競り合いが始まったということは、この作戦は八割方成功している、ということだ。
 後は、いつ合衆国が本腰を入れて侵攻してくるか……そしていつでも対応できるように準備しておくことが自分にできることだと再確認して、篠宮秋は整備に没頭した。