この朽ちたる身が願わずにはいられずに(4)

「命令だ。裏切り者を特定しろ」
 ヴィヴリオ大佐の冷静な声が、天上の音楽のように静かに響く。惜しむらくはその言葉の意味するところが不明な点だが、そんなものとは関係なしに、ただ大佐の傍にいることができるだけで、桜花は満足だった。
「特定、ですか? 排除でも始末でもなく」
 それは自分に適している仕事とは言えない。私は破壊者だ。何もかもを打ち壊すことのみを生業とし、何一つ生かすことをしようとはしない。闘争のための闘争をする機械であり、そうして性能を発揮するように調整している。天使兵を殺し、天使兵を滅ぼし、大佐の邪魔をする奴を秘密裏に"処理"するのが本来の役目だ。
「内偵が貴様の不得意分野だということぐらいわかっている。だから貴様はなにをする必要もない」
「ということは……囮になれ、ということですか?」
「察しがいいな。その通りだ」
 大佐の微笑み(と言うには目が笑っていなかったが)を見ただけで、一事が万事任せてくれと言いたくなる自分を抑えて、いちおう冷静に状況分析を試みてみる。
 最近、基地では事故が多発している。機体の故障もそうだが、生活維持のための設備(たとえば空調とか、たとえばトイレとか)でも故障が多い。
 普段であれば日常の一コマ程度にしか認識されないことも、機体の整備不良が陰謀によるものであるとまことしやかにささやかれる状況にあっては看過できないことも多く、施設の管理を担当する衛生班もまた、整備班同様の辛酸を味合わされていた。
 重要なのは、整備不良の事実ではない。それが陰謀に根付き、内部の裏切り者の手によって行われているという噂こそが、今回の混乱の元だ。
 そして一度流行りだした噂を収拾する方法など存在しない。故に、噂の元となっているものを形だけでも消し去る必要がある。
「お前はこれから、ギアドライバーとの模擬戦闘訓練を行う。その最中に機体に故障が発生して訓練は中止、お前は整備班に殴りこむ。そういう筋書きだ」
「それに反応するやつを情報部が絞り込んでいくわけですね」
 自分の気の短さは基地内にいるものなら誰でも知っている。手加減をするような性格ではなく、人を殺してもなんとも思わない奴だと思われていることも知っている。
 だからこそこれは自分に適任だ。誰も勘違いで殺されたくはないし、自分が殺されるかもしれないとわかって平静でいられる奴はそう多くはない。頻発する故障の状況からしても、それを引き起こしているものが少数ということはないだろう。
 であれば、必ずボロを出す奴が出てくる。そいつを釣り上げてしまえば、後は芋蔓式に引き出されてくる。
 プロというのは、そうそう多くはない。潜入工作員にしても、それは同様だ。
「ではやはり、今回の件は合衆国の仕業なんですね?」
 少女と呼ぶに相応しいヴィヴリオ大佐の幼顔に、老獪と呼ぶしかない表情が浮かぶ。それこそが大佐らしさなのか、それとも見た目相応の幼さこそが大佐らしさなのか、桜花にはまだ理解できなかった。
「そうだろう、というのが大方の見方だ。内部の不穏分子だけでは天使兵の襲撃までは演出できんし、そもそも混乱だけを起こしたところで益はない。ギアドライバーでも取り込んでいるなら話は別だが、平素ですら重点監視されてる連中を、我々に気づかれずに懐柔することができるなら、こんな手段は取らんだろう」
 ギアドライバーに人権はない。軍の内部での扱い、という点からすれば過保護に過ぎるほどの権利を与えられているが(中高生が尉官を持ち、あまつさえ個室を与えられるなど、通常の軍の規則からすればありえないにもほどがある)、知らぬところでは常に監視の目が光っている。瑞穂基地の情報部は子供の尻を追いかけるのが仕事だと揶揄されるほどに、それは徹底されていた。
 対天使兵戦において、ギアドライバーの存在は欠かせない。それは事実だ。だが決してそれだけではない理由も存在する。
 それは、彼らの大半が子供であるということだ。
「ともあれ、火消しはG3の仕事、ということらしい。我々は別に便利屋というわけではないがね」
 だが、そういう仕事をこなしているからこそ、軍内部でのG3の発言力は保たれている。実戦効果に保証のないシュネルギアを開発し、なんとか運用にこじつけはしたものの、今度は圧倒的なパイロット不足に汲々としている立場としては、どんな仕事であろうとも点数を稼がなければならないのが実情だった。
 しかし桜花にとっては、そんな裏事情などどうでもいいことである。
「大佐のご命令とあらば、撃墜されようが殺されようが立派に果たしてご覧に入れます」
 それがどんな命令であったとしても、大佐の命令であれば否はない。死ねと言われればいまこの場で死んでみせることすらするだろう。それが桜花という完全機械化兵の壊れた部分であり、だからこそ基地の連中は桜花を敬遠する。
「はしゃぎすぎるなよ。以上だ。下がってよろしい」
「了解」
 敬礼を置き土産に、格納庫に向かう。自分に許されるのは闘争だけだと、箍の外れた感情を抱えながら、歪んだ笑みを浮かべて。