この朽ちたる身が願わずにはいられずに(12)

 夢を見ていた、と、そう思った。
 機械の体でも、頭が生身だと夢を見るのか、と、そう思った。
 でも、目が覚めてみて、初めてそれが夢だったと気づくのなら、夢と現実の境界はどれほどのものなのだろうか。
 現実と呼ばれるものは、単なる覚めない夢なのかもしれない。そんなことを、思う。
 だとしたらこれは、とびきりの悪夢だろう。
 ベッドサイドに、大佐がいた。
 そもそも、ベッド? 自分はどこにいるのだろうか。撃たれて死んだところまでは覚えているが、その辺りの記憶自体、曖昧だ。
 デジタルなのか、アナログなのか。完全機械化兵というのは、よくわからない作りになっている。
 生体脳の持つアナログ特有のゆらぎがなければ、デジタルすぎるシステムが硬化していき、完全機械化兵の寿命を短くするものとなる、という研究論文をどこかで読んだ記憶がある。AI型の完全機械化兵(完全な意味での無人化)が研究されなかったのは、そのためだとかなんとか。
 あれはたぶん、あの人の部屋で。
 自分はあの時から何一つ進歩していない。そう思いながら桜花は、大佐にどう声をかけたものか迷った。
 とりあえず、寝ている。腕を組んだしかめっつらで。
 それがとても大佐らしくて、それでいてちっとも大佐には似合ってなくて、笑うべきかどうなのかも判断がつかなかった。
 私はずっとこんなだな、と思う。やりたいことがあるのに、それを表現できない。思うことがあるのに、それを伝えることができない。
 心と体は裏腹で、思うよりも先に体が動き、それは大抵、取り返しのつかない状況を生む。
 本当は違う。私がやりたかったことはこんなことじゃない。私がなりたかったものはこんなものじゃない。
 意志など持たぬ人形でありたかった。ただそれだけの、願い。大いなる、矛盾。
 大佐、あなたはそれを真正面から否定した。私がただの木偶人形になることを望まなかった。
 人形とて、意志を持てば人間なんだと、あなたはそう言い続け。
 私はあなたの言葉に逆らい続けた。
 だから私は、きっと私は、あなたのことを何一つ信じてもいなければ、頼ってもいなかったのです。
 そしてあなたは、あなだけはそれをわかっていた。わかっていながら、私を受け入れてくれた。
 なぜですか。なぜ私を死なせてはくれないのですか。なぜ私を殺してはくれないのですか。
 なぜ、私を愛してはくれないのですか。
 あなたを愛しているわけでもないのに愛されたいと願う。あなたはそんな私の浅ましさを知っていました。
 私は弱い"人間"なのです。自分の足で立つこともままならぬほどに弱い"存在"なのです。
 私には、私を私として成立させる"経験"が存在しないのです。
 すべてがプログラムの結果であり、植えつけられた記憶であり、私を形作ろうとしたものの"妄想"なのです。
 人間が"人間"となるために、人間に育てられることを必要とするように、私が人となるためには、人に育てられなければならないのです。
 あなたは母のように私を慈しみ、導いてくれました。死の意味を知らぬ私に、それを教えようとしてくれました。
 それでも変わらず死を望み続ける私を、哀れんでくれました。
 死にたくなくなったら死んでもいい。あなたの命令は矛盾としてしか理解できなかったけれど、きっとそれこそが人間だったのです。
 だから私は、待つことしかできないのでしょう。あなたのために死ねる日が来ることを。
 いつか来るその日まで、私は待ち続けます。
 私が死にたくないと願う日を。
 ……とりあえず、大佐が目を覚ましたら微笑んでみよう、と思った。大佐は驚くだろうか、鼻で笑うだろうか、それともまったく別の行動を取るだろうか。
 どれであっても、私はそれが大佐らしいと思うに違いない。
 それと同じことだ。
 ただがむしゃらに死に急ぐばかりが、自分らしさなわけじゃない。