(6)
「ちょ……おい、これなんだよ!!??」
和音の響きが施術室に響き渡る。
「見ての通りだ」
御前静は普段通りの冷徹さで答える。
「見てもわかんないから聞いてるんだろうが!!」
静が冷静であればあるほど、和音の動揺は大きくなる。少なくとも、そう見える。
対比される対象が静であれば、他の誰であろうとそうなっただろうが、和音がそれだけ動揺するのも無理からぬ理由があった。
和音の目の前には、カプセルがある。中には人間が一人収納されていた。
カグヤ・H・ガイスト。和音のパートナーである。
「……貴様の無能が原因だろうが」
押し殺した静の怒声に、さすがの和音も息を呑む。
「わからないならわかるように説明してやろう。先の戦闘の中、貴様が下手を打った結果、ガイスト少尉は天使化を余儀なくされた。貴様の怪我を治療するために、聖霊力を使った結果だ。……貴様がそれをなんとかしろと言ったのではないか」
そんなことは和音もわかっている。わかっているが、こればかりはどうしようもない。理性ではなく感情が、目の前の現実を受け入れてくれないのだから。
カグヤが眠るように横たわるカプセルには、うっすらと霜が降りている。コールドスリープ装置だ、と事前に説明は受けていた。
「なんとかったってこれは……これじゃあ」
「少なくとも天使化はせん。実験済みだ。なにが不満だ?」
あくまでも冷徹な静を睨みつけて、和音はその襟首を掴み上げる。
「不満だあ!? これじゃあ……こんなんじゃあ死んでるのと同じじゃないか!!」
「それも貴様の責任だ」
名前の如く、静かな言葉だ。指揮官として最も尊ばれる冷静さの末に身につけたその言葉は、血の上った和音の頭も一瞬で冷却した。
「ハイネル少尉には、貴様のナビゲーターであるという以外にも価値があった。だから凍結保存も許可された。維持費を考えれば、すぐさま処分してしまうべきなんだがな」
だから、貴様の一存でどうこうできることなどない、と言外に言い放ち、静は和音の手を振り払った。
「これが貴様の甘さのツケだ。敵に情けをかけるなど……無様にも程がある」
言い捨てて静は施術室を出る。残された和音は、どうすればいいのかわからずに頭を抱える。
確かに静の言い分もわかる。戦闘中、敵に情けをかけたとしても、死ぬのは味方だ。事実、いま、カグヤは死にかけている。
カグヤが。カグヤが言ったのだ。あの天使兵は、施設で一緒にいた子だと。
躊躇った。最後の一太刀を振るえなかった。
その隙に、天使兵に一撃を加えられ、和音は重傷を負った。
目が覚めた時、モニタには天使兵の死骸が映り、ナビゲーター席では羽が舞い始めていた。
自分の甘さのツケ。そうなのだろうか。そうなのかもしれない。……そうでなければならない。
これは、自分の責任。決してカグヤのせいではない。
だが。だが。だが。
正しさなどなにもなく、沈黙だけが場を支配した。