(9)

 それはお前の責任ではないよ、と彼女にしては珍しく優しい言葉をかけた。
「お前を責める奴もいるかもしれないが、あれは不可抗力だ。お前にどうこうできた話ではない」
 でも、と地べたに座り込み、立ち上がる気力さえないトゥアレタは、強く否定する。
「私はナビゲーターです。ギアドライバーのこともシュネルギアのことも、一番わかってなきゃいけない立場でした。だから私には、責任があるんです」
 それこそ不可抗力だ。思春期の子供同士がパイロットなどという気色の悪い兵器に乗って、トゥアレタはそれでもよくやっていたほうだろう。少なくとも静はそう判断している。冷静に状況を判断し、常に周囲に気を張り、異常なまでの敏感さで異変を察知してきた、その洞察力は感心すらする。
 ギアドライバーの天使化の責任が、それでもナビゲーターにあると言えるのか。ナビゲーター自身もまた、天使化の危険性を抱えているというのに。
「お前はお前の責任を果たした。天使化しかけたギアドライバーを撃ったんだからな」
 びくんと肩を震わせて、トゥアレタは俯く。子供に人殺しをさせる命令に、それを誉める仕事、か。軍人というのはほとほとろくなものではない。
 それでもそうしなければならない自分の立場を悔いたことはない。自分には結局これしかないのだからと、自嘲が唇を歪ませる。
「他の誰が許さなくとも、お前がお前自身を許せなくとも、私が許してやろう。お前は正しいことをした。お前は多くの命を救った。お前は自分の命を守った。お前がお前の責務を果たしたのだから、お前が背負うべき責などなにもない。私にはあるがな」
 命じた責任、というものがある。後味の悪いものだが、だからといってそれをしなければ、もっと不愉快なものに直面させられる羽目になる。
 軍人などという因果な道を選んだ時から、それはわかっていた。それでも軍人でなければならなかったのだ。アイツをこの手で殺すために。
 これは私怨だ。その自覚を新たにする。そのために必要ならば、子供だろうが味方だろうが殺してやろう。そして、子供に味方を殺せと命令もしてやろう。
 あの時殺された恨みを晴らすために。
 酷く角がうずく。残された角ではなく、いまはない角がずきりと痛んだ。
 跪き、トゥアレタの手を取る。顔は見ないようにする。見なくてもわかっている。
「軍人の罪は、それを命じたものの罪だ。お前は私の命令に従ったにすぎない」
 それが戦争を指揮する立場というものだ。人を殺せと命令するからには、殺した責任を負わねばならない。
 いつか地獄の業火がこの身を焼くだろう。それもかまわない、いや、むしろそれこそを望んでいる自分に気づいて、静はあるかなしかの苦笑を零した。
 因果なものだ。死にたがりの自分が他人を殺す仕事をしているとは。
「お前がお前を責めたとて、誰も喜ぶまい。あいつだって、な」
 そんなものは慰めにはならない。自分のしたことを理解しているから、責められたいと思っているだけなのだから、理由なんてなんだっていいのだ。
 だからこそ許してやる必要がある。自分一人では救われようのない状況だからこそ、すがることのできるなにかを示されれば、それにすがってしまう。
 それが弱さだ。愛すべき弱さだ。
「……そう泣くな。綺麗な顔が台無しだ」
 言葉もなく泣きじゃくるトゥアレタを抱き締める。
 子供を洗脳までして復讐の道具に仕立てあげようとする自分には、やはり地獄こそがお似合いだろうと、なんともいえない気持ちになりながら、トゥアレタを抱き締め続けた。