(26)

欝話なので隠します。
あと書きかけです。


「俺があいつを殺したんだ」
 自分はなにを言っているんだろうと思う。こんなことを言ったってなにもどうにもならないし、誰もなにもできないとわかっているのに、言わずにはいられないと思ってしまった。
 真智はベッドに座り、静かに聞いている。
「俺があいつを殺した。止めを刺したんだ。心を病んだあいつを助けるために、俺は毎日病院に通っていたけれど、あいつはちっとも回復しなくて、なのに俺にだけは微笑んでくれて。看護婦に言われた話だが、普段のあいつは身じろぎもせずただ病室の扉を見続けて、俺がやってくるのを待ってたって、そう言ってた」
 うまく、言葉が整理できない。整理できてる必要なんてないんだろうけど、それでもそんなことが気にかかる。
 真智に誤解されるのが怖い。誤解されずに赤裸々な自分を理解してもらえたなら、それで満足だと思えた。真智がそれをどう思ったとしても、悔いは残らないんじゃないかと。
「俺はあいつを助けられなかった。そればっかり考えてた。あいつが病院にいるのは俺のせいで、あいつが心を病んだのは俺のせいで、あいつが微笑むのだって俺を責めてるからだとしか思えなかった」
 そんなわけない。あいつはそんなことは思わない。思えなくなっていた。壊れた心で、ただ必死にすがってただけだった。
 それなのに俺は、怖かった。なにも出来なかったという自責の念が見せた幻だったとしても、俺はただひたすらに、怖かった。
「そうは思ってなかったけど、毎日の看病で疲れてたんだと思う。ある日、俺は言った。なんで笑ってるんだ。なんで俺を責めないんだ。なんで俺を詰らないんだ。お前がそんな風になったのは俺のせいじゃないか。俺を笑ってるのか。俺をバカにしてるのか。……お前なんかただのお荷物なんだよ、ってな」
 なんでそんなことを言ったんだろう。いまでも思う。全然本気じゃなかった。でもその時は本気だった。なにもかも投げ出したかった。目の前に原因がいた。そして、全部ぶつけた。
「あいつはすごく悲しそうな顔をした。でもなにも言わなかった。それで結局、微笑んだ。俺はいたたまれなくなって、逃げ出した。その夜、あいつは飛び降りて死んだ」
 誰にも言わなかった。誰にも言えなかった。俺があいつを自殺させたなんて、考えたくもなかった。
 わからなかっただけなんだ。そんなことになると思わなかっただけなんだ。俺はただ、背負いきれなかっただけなんだ。
 そうして逃げたら、もっと重いものが待っていた。そんな現実。
「なんでだよ。わけわかんねえよ。なんで死ぬんだよ。なんで死ななきゃいけないんだよ。ずっとそう思ってた。死ななきゃならない理由なんてないって。……でも、真智、お前に会って、わかったんだ。あいつは俺がいたから生きてた。どんなに苦しい目に合わされても、俺がいたから生きてた。……俺がいらないって言ったから死んだ」
 やるせない。そんなのってない。そんな粘着質な感情がなんなのかなんて、知りたくもない。
 でも、それにすがる気持ちはわかる。そうでもしないと生きていけないことがあるってことは、よくわかる。
 死にたいような目にあっても生きていたのは、生きていたい理由があったから。
 理由がなくなったから死んだ。それだけのことだ。
「俺は前向きになんて生きてねえ。お前がいるから生きてる。お前が失ったものの肩代わりをすることで自分の必要性を作ってる。……それだけなんだ。それだけなんだよ」
 軍に入ったのも、軍に入って仕方がないと思ったのも、戦ってでも生き延びようとしたのも、大した理由なんてなかった。死にたくなかったから戦って、死にたくなかったから殺した。
 あいつを殺した自分は、そんな簡単に死んじゃいけないんだと思った。
 虐げられる者がそこにいるのなら、守りたかった。そうしたら許されると思ったからじゃなくて、そうしないと許してもらえないと思ったから。
 出身の孤児院に送金してるのだって、それと同じことだ。金があれば、食い扶持を稼いでいれば、無理に里子に出さなくてよくなる。それで孤児院のなにが変わるわけでもないけれど、変わらないでいて欲しいと思った。
 俺はいい。俺はもういい。俺は幸せになんかなれなくても、いい。
 幸せになるのが、辛い。
「だから、お前が俺を殺すなら、いいんだ。お前は俺を殺せる。お前だけが俺を殺せる。……好きにしてくれ。俺に裏切られたと思ったなら……俺を殺してくれ」