部分最適と全体最適

これはただの雑感なので、根拠レスですけども。
FEARゲームは部分最適を、SNEゲームは全体最適を目指してるのかな? という印象が私にはあります。最近のSNEゲームって全然追ってないんでさっぱりわからないところはあるんですけども、私の知ってるSNEのゲーム作りの方向性が、そういう傾向にあるんじゃないかな? と。
で、言い方を変えると、FEARはドラマ的で、SNEはシステム的、という印象になります。
だからどうってわけでもないんですけども。


私の中で、昔、TRPGを始めた頃は、SNEのシステムが好ましいものと思っていました。
ある程度TRPGに慣れ親しんだ今は、FEARのシステムが好ましいものと思っています。


この違いはどこから来るんだろうか、とふと考えた時、数学的バランスゲームが好きだった昔と、文学的ストーリーゲームが好きな今にわかれるわけです。
もちろんこれは、私が物書きの趣味を持っているからでしょうけども、TRPGという舞台で出来ること、やりたいことを突き詰めた結果、自分には数学的バランス感がないということがわかった、というのも大きな要因になっているように思います。
バランス取りとか苦手なんです。
でもオリジナルアイテムとか作るの好きなんです。


だから、というわけでもないですけど、細かい数値の粗があっても「ゲーム」として成立するFEARゲームが好きなんだろうなあ、といまは思うわけです。