(27−1)


「君が桜花?」
 その少年は、気がつけばそこにいた。
「そうだが」
 生返事を返し、射撃訓練を続ける。新入りに声をかけられるのには慣れている。理解できないことだが、他所の基地でまで自分の名前は知れ渡っているらしく、わざわざ見物したがる連中がいるのだ。
 何が楽しいのだろう。
「君に提案したいことがあるんだけど」
 その少年の声には、愉しんでいる響きがあった。なにをかはわからない。
「興味はない」
 持つ謂れもない。ヴィヴリオ大佐の命ならともかく、初見の少年の提案に興味を向ける理由はない。
「そうかな? ヴィヴリオ大佐の命に関わることでも?」
 射撃制御が一瞬乱れた。着弾点が狙いからわずかに逸れる。
「やっぱり君の弱点は大佐なんだね」
 くすくすと笑う。なんとも耳障りだ。意には介さず、訓練を続ける。
「僕はね、君に大佐を殺させてあげようと思ってるんだ」
 手を止めた。瞬きもせずに少年を見つめる。
「やっとこっちを向いてくれたね、可愛い人」
 殺意というやつを向けているのに、その少年は微動だにせず、笑みを絶やすこともなかった。
「僕は君を生殺しにはしない。大佐のように飼い殺しになんかしない。戦場を、死を、破壊を、殲滅を、蹂躙を、虐殺を、破滅を、君に約束するよ」
 かつかつと、あえて音を立てながら歩み寄る。少年は逃げようともしない。ただ自然体で、そこに立っている。
「僕は君を理解している。大佐は君を理解していない。僕の言うことを聞いたほうがお得だと思うよ?」
 訓練用の銃を構え、少年の額に突きつける。自分の風評を聞いている者なら、これが脅しでもなんでもないことを知っているだろう。事実、脅しなどという生半なことをしているつもりはない。
 それでも少年は動かなかった。
「君に僕は殺せない。なぜなら君は僕を理解できないからだ」
 笑み。笑みなどというものではない。これは威嚇だ。猛禽のような、威嚇のポーズだ。
 いついかなる時でもその喉元に食らいつけるという、ただそれだけの宣言だ。
「君は兵器だ。完全機械化兵なんだから。それでいて自由意志を持っている。兵器として運用される以上の自由度でね。なぜだと思う?」
 そんなことは知らない。クローンの際に脳に損傷が発生したからだと聞かされているが、だからといってなにが変わるわけでもない。私は私で、私の性能は戦場に於いて有用だ。
「君は兵器であることの枠を越えている。そして、だからこそ自分を兵器という枠に押しとどめようとしている。兵器の領域を越えたところで、兵器の領分を理解している。君の悲しみはそれだね。人ではないのに人のように動き、人のように考え、人のように愛した」
 銃声。狙いを外して撃ったが、少年は大きな音に顔をしかめただけで、それ以上の反応は見せなかった。
「それでも君は兵器だ。君は自分を理解すればするほど、自分が兵器なんだということを理解する。計算はするけど、だから目的がない。兵器は自分で自分の目的を定めない。大佐のためという餌がなければなにもできなくせに、それでいて兵器なのだからなにかをなさなければならないと感じている」
 少年は息継ぎをするようにそこで言葉を止め、にっこりと微笑んだ。
「滑稽だね」
 再び額に照準を合わせ、引き金を絞る。
「僕が解放してあげるよ。君に大佐を殺させてあげる。君の一番の望みはそれだろう?」
 銃声。少年の姿は嘘のように消えてしまった。
「イイね。君は本気で僕を殺そうとする。楽しくてたまらないね!」
 狂ったような笑い声は、背後から。いつの間に、とも、どのように、とも考えなかった。
 反応する体が自動的に少年の姿を追い求め、銃杷にかけた人差し指に力を与えた。
「答えはいまじゃなくてもいいんだ。何しろ僕はまだここにはいないはずの人間だから。でも、君はきっと、僕の元に来るよ。約束してあげてもいい」
 射撃にかけては自負があった。何人にも負けぬという自負が。
 弾丸はすべて外された。トリガーを空撃ちする音だけが響く。
「そうしたら愛してあげる。骨の髄まで蕩けるように、地獄の底まで溺れるように」
 少年の声は、ぱったりと消えた。気配はただの一度も感じ取れなかった。
「僕が……大佐をだと……?」
 答えるものはなく、銃口がわずかに白煙を上げていた。