(27−2)


 迷っていた。
「なに辛気臭い顔してんの?」
 言っている本人のほうがよほど辛気臭い顔をしながら、ヒルトは顔を上げた。
「たまーにめずらしーくあんたのほうから来たと思ったらだんまりだし。新手の攻撃のつもり?」
 負けないわよ、とでも言うように、ファイティングポーズを取る。底抜けにポジティブにアグレッシブなところを見せ付けられる度に、自分は欠陥品で、出来損ないの兵器なのだと痛感する。
「たまにはいいかと思っただけだ。邪魔なら帰る」
「ちょ、邪魔とは言ってないし! 桜花の癖に辛気臭い顔するのは似合わないんじゃないって言っただけじゃないの!」
 わたわたと慌てて手を振る。こんなところは可愛いなと感じる。
「辛気臭いか。そうか。僕は辛気臭い顔をしていたか」
 迷いとは表情に出るものなんだなと感心する。あるいは、ヒルトだからこそ、それがわかったのかもしれない……そんなことを言われたのは、ヒルトが初めてだ。
「この世の終わりって感じ。……ちょっと違うか。もうすぐこの世の終わりなのに何も出来ないなんてどうすればいいんだ、って感じ? なんか違う。でもそんな顔」
 不機嫌そうに眉を寄せるヒルト。実に的確に胸中を読んでくれる。
 たとえ大佐が僕のことを理解してくれなくても、ヒルトが理解してくれるならいいじゃないか。そんなことを思う。
「もしかして僕は心配されているのか?」
 見る見る内に、ヒルトの顔が赤くなる。
「ばっ……………………………………っかじゃないの!? なんでわたしがあんたの心配なんか!」
「そうだろう。そうだろうとも。僕は兵器だ。僕達は兵器だ。心配など似つかわしくない」
 そして、迷いもまた、似つかわしくない。
 だのに迷う。わかっているのに迷う。いや、わかっているからこそ迷うのだろうか?
「……あんた、なんかする気でしょ?」
 そろりと忍び寄って来たヒルトは、覗き込むように僕の顔を見上げながら、迷いのない眼差しで言った。
「僕が? 何を」
 ヒルトのベッド(機械の癖にベッドだと?)に腰をかけていたから逃げようもなく、その眼差しを正面から受け止める。何もかも見透かされている気がしながら。
「わかんない。わかんないけど、……なんか、あんた遠くに行っちゃいそうなんだもん」
 僕を迂回するようにベッドに上がり、背中合わせになったところで腰を落ち着けて、ヒルトはぽつりと言った。
「許さないんだからね。わたしを置いてったら殺してやるんだから」
 迷いのない不安。アンバランスとしか言いようのない感情。
「……僕は」
 続きが言葉にならない。自分がなにをしたいのかわからない。
 大佐を殺すという、その言葉が、あまりにも魅力的に響いたからこそ。
「共に地獄に落ちるのは苦痛だろうか? それとも、それは幸せだろうか?」
 そんなことを考える。そんなものに意味はない。
「はあ? なに言ってんの? 一緒なら地獄だって天国だし、一人なら、天国だって地獄に決まってんじゃない」
 迷わない強さ。揺るがない強さ。
 憧れる、といえば嘘になる。そんなものが欲しいとは思わない。
 それでも、羨ましいと感じる。自分が手に入れることはできないだろうけど。
「桜花、あんたはね、戦場にいてこそなのよ。こんなところでぐだぐだ考えたり悩んだりするのはあんたじゃない。考える前に戦場に立ちなさいよ。それこそがあんたでしょう?」
 こんなところって言うな! と自らの発言に自ら突っ込みを入れて、ヒルトはベッドの上で転がりまわる。
 それを見下ろすでもなく、ただ背中で感じるに任せて、思う。こいつを地獄に連れて行くことは許されるんだろうか? と。
 落ち着いたのか、人の膝の上に勝手に頭を乗せて、ヒルトは俯いた僕の顔を見上げた。
「迷ってるなら言いなさいよ。あんたとならどこにだって行ってやるんだから」
 さしのばされたヒルトの手が、頬に触れる。
 答えもなく、迷いは晴れなかった。