(27−3)


 決断するしかないのであればそうするしかない。
「桜花っ!」
 アクシアの声が響く。同時に銃声がこだまする。
 銃撃を避けたアクシアは、派手に床に転がった。
アクシア・リヒトヴィッツ。お前は良い兵隊だ。だが、兵隊でしかない」
 立ちふさがるものはなんであれ粉砕する。いままでだってそうしてきたし、これからだってそうしていくだろう。
 なぜ、とは考えない。人が路傍の石を眺めて、なにも感じないのと同じことだ。
「大佐。大佐。ヴィヴリオ大佐。私はあなたを抹殺します」
 囁くように呟いて、傲然と執務室の自らの席に腰掛けるヴィヴリオに向かって、銃を向ける。あなたはやはり、僕がこうしたところで、驚きもしなければ傷つきもしないし、まるで当たり前のことのような顔をしているですね。
「させないって言ってるでしょっ!」
 アクシアがトリガーを引く。一挙動で三斉射。ほとんど同時のタイミングで襲来する弾丸を、五分の見切りで回避する。
「僕を止めるのは不可能だ。なぜならいま、ここにある戦力が違う」
 自分はいまきっと、凶悪な顔をしているだろうと思う。歯をむき出して笑い、哄笑を上げ、獲物を狙う猛獣のように、それを食らうことを考える。
 アクシアを狙って、お返しとばかりに三斉射。射撃技術は互角と読んでいた。身体機能はこちらが上だとわかっていた。経験時間だけは圧倒的にアクシアが勝っていた。
 当たらない。銃弾はすべて回避される。
「確かにあんたらには裏技があるし、ねっ!」
 アクシアは無謀にも跳躍する。格闘戦を狙っているのかと思いきや、壁を蹴って三角に飛び、ヴィヴリオをカバーする位置に移動した。空中での連射も忘れない。
 まったく、いい兵隊だ。
「裏技? そんなものは必要ない」
 弾丸を避け、無造作にアクシアに歩み寄る。手には拳銃を構えながら、撃ちもせずに近づいていく。
「……っ!!」
 アクシアが撃つ。銃弾が初めて命中する。銃を握っていない僕の手に。
「……そうか、そうよね、あんたらにしてみれば、そういうものよね」
 飛来する弾丸を、特殊なガードをはめた手で受け止める、なんてことは、人間にはおよそ不可能な芸当だ。弾道を読み取ることはできたとしても、受け止める体がそう長持ちはしない。
 だが完全機械化兵は違う。強化された四肢は、戦闘のために調整された体躯は、人間には不可能な芸当も可能にする。
 アクシアからの銃撃がやむ。
「諦めたか?」
 意に介さず、間合いを詰める。
「無駄なことはしない主義なだけよ」
 不敵に笑って、アクシアは銃を懐に収めた。
 後一歩で、アクシアの間合い。そこで足を止める。
「奇遇だな。僕もだ」
 アクシアは格闘戦もイケる口だ。不用意に近づく愚は犯さない。
 攻撃範囲のぎりぎり外から射撃する。距離を置けばかわせたとしても、至近となればかわせない。それは、他の誰でもなく自分が証明したことだ。相手に近づくならば被弾を覚悟しなければならない。それが自分たちの能力だ。
「大佐。なぜなにも言ってくれないんですか?」
 アクシアは無視する。この状況で動くほど、軽挙妄動ではない。
「反逆者に言うべきことがあるのか?」
 どこまでも冷たい言葉。自らがまさに殺されようとしているこの状況で、そこまで自分を保てるのだから、やはり大佐はすごい人だ。
「ありませんな。だが、飼い犬に噛み付かれた飼い主は、一言恨み言でもあるのではないかと思いまして」
 自分は犬だ。犬だった。それは自覚している。いまでもこんなにも自覚している。
「私の力不足を犬に吠えても仕方あるまい」
 切って捨てられた。そう思った。
 この人はやはり、僕なんて必要としていなかったんだろう。
 笑う。笑いがこみ上げてくる。
 これでもう、何もなくなった。
 勘としか呼べないものに突き動かされて、反射的に後退した。
 直前まで自分がいた場所を、ライフル弾が通り抜けていった。
「うっそ……ライフル弾まで避けるの……?」
 どうやらそれが、アクシアの切り札だったらしい。狙撃手を事前に用意していたのだろう。なんとも用意周到なことだ。
 続いて、集団がせわしなく近づいてくる足音。どうやらゲームオーバーらしい。
「あなたの命だけはいただいていきます」
 大佐に向けて銃を連射する。アクシアが体を張ってそれを庇う。
 たとえ防弾着を着ていたところで、衝撃を消すことは出来ない。撃たれた箇所を抑えてうずくまるアクシア。障害はもう、なにもない。
「さらばです」
 マガジンを入れ替える。勿体をつけて銃を構える。
 その時、ヴィヴリオは……笑った。
 凄まじい悪寒を感じて、一気に執務室から飛び出す。なんだ。これはなんだ。自分は一体、何に怯えたんだ?
「桜花、ちょっとあんた、さっさと逃げるわよ!」
 警備兵を相手にしていたヒルトが駆け寄ってくる。後一射。ただの一発で殺せるのに、手が動かない、体が動かない。
「……あなたは僕が殺す。必ず、必ずだ!」
 いつものしかめ面に戻ったヴィヴリオは何も答えなかった。
 警備兵を背後に従え、その射撃の合間を縫うように駆けながら、決着をつけるのはきっとここだろうと感じていた。