(27−6)


 それが定めだと言われたら、これが私の意志だと答えるだろう。
「やっぱひるひるにはうちがついてやらんとダメやんなあ」
 戦場を縦横無尽に駆け巡る戦闘機を操るのは、神室日向。
「うっさいわねバカ! ちょっと敵が多かっただけじゃないの!」
 その敵の数を見越せなかったのだから、神室の言うことはいちいちもっともなだけに、返すヒルトの言葉にも勢いがない。
管制官になるんじゃなかったのか?」
 二人のやりとりを聞きながら、ただ淡々と天使兵を撃墜していく。正規軍の支援がない戦い、という状況は予想されていたが、戦局は想定されていたよりも困難な状況を迎えていた。
「最初はそうしよかなーおもたんやけど。でもそれじゃひるひると戦えないやん? せやからこっちにしたんよ」
 無駄口を叩きながら、無駄のない動きで天使兵を撃墜していく。頭の後ろにも目がついているかのような動きで、死角からの敵の攻撃にも見事に対応してみせる。
「なにその理由!? なんでそんなんでほいほい戦闘機なんか乗れるわけ!? ガキのくせに!!」
 騒ぐヒルトも危なげな動きで危なげなく天使兵を撃墜する。完全機械化兵は骨格レベルで強化が施されているからまだしも、神室のような普通の人間が、短期間の訓練で無茶な機動が可能になるだけの耐性が獲得できるとは思えなかった。
 移動するということは、即ち重力の束縛を突き破るということだ。戦闘機のような高速機動体でもなければ実感することは稀だろうが、それはなによりも暴力的に肉体を痛めつける。
「うちなあ。殺されてしもてん」
 いつも通りの口調。
「……は?」
 問い返すヒルトの言葉には、一切の感情がない。
「機械との適合性がどうのとか言うてな。実験台にされたんよ。で死んでもーて。折角だからーって完全機械化兵になってな。まあ細かいところはしょるとそんな感じ」
「はしょるなよ、大事なとこ!!」
 自分は、まあそんなこともあるだろう、程度にしか感じないが、ヒルトはどうやら違うらしい。
「じゃあなに? 完全機械化兵になったっての? なんで記憶あるの?」
 普通、完全機械化兵は脳のクローンを作り、それを生体組織をふんだんに使用した機械のボディと一つにすることで完成する。そして、クローンの脳は記憶を有することはない。
「うちな、ひるひるとさくらちゃんと戦わなきゃいけないんよ。そのために記憶を植えつけたんやって」
 自分とヒルトを知る者に、それを殺させよう、ということか。
 自分とヒルトが、自分を知る者なら油断や躊躇を覚えるだろう、ということか。
 そんなことのために、命どころか記憶すらもてあそんだ、ということか。
 そこまでして自分を殺したいのですか、大佐。
「でもなあ。うち、こないな性格やろ? ひるひる殺せー言われてもなんかピンとこなくてな。逃げてきたん」
 それで、正規軍が来るはずのない戦闘空域に現れた、ということか。
 出来れば神室の意志とやらを信じたいところだが、しかし、これは。
「あ、そ。なるほどね。……桜花、あんた勝手な真似したら殺すからね」
 ヒルトがなんと言おうと、神室は獅子身中の虫、ただのスパイだ。表面上は確かに神室の人格をよく模しているが、その裏側は知れたものではない。ある日いきなり背中から刺されたとしてもおかしくはない、そういうもののはずだ。
 不安要素は排除すべきだ。向こうから飛び込んできたわかりやすい罠を野放しにする理由などない。
「こいつは神室よ。もしかしたら違うかもしれないけど、でも、あたしとあんたが教えた神室。だから、勝手に殺したら怒るからね」
 飲み込む、というのか。明らかな毒を、それと知りながら受け入れる、ということか。
 なにがお前にそうさせるんだと、問えばよかったのかもしれない。しかし問いは発せられることなく、了承の意を伝えていた。
「さくらちゃんは尻に敷かれてるん?」
「わたしが敷いてやってんのよ」
「だ、そうだ」
「さくらちゃんはクールやんなあ」
 神室はくすくすと笑う。自分が撃墜されていたかもしれないことなど気にも留めずに。
 こんな状況で、そんな理由で姿を現したのだから、それぐらいは覚悟していたのだろう。それにしても、いい度胸だ。
 人間、一度死ぬと開き直るということか。
「ほなよろしゅー頼むわー」
「ふん、よろしくされてやる気はないけど、まあ認めてあげるわよ!」
 戦いはまだ続いている。
 そして、この場を凌いだところで終わりはしない。
 まったく、兵器などというものは因果なものだ。