(32−1)


 そうしなければならないことだけがわかっていた。
 人はそれを焦燥と呼ぶのだろう。
「そうしてしまえば、我々は脱走兵になる。それでも、君はついてきてくれるだろうか」
 言葉に迷いはなく、ただ憂慮だけがあった。
「それがあなたの望みであるなら」
 彼女もまた、迷いなく頷いて、優しく微笑んでみせた。
「では、行こう。私のせいで引き起こされる災厄を、私の能力を持って有意義なものとするために」
 それは、死出の旅路でしかない。成功しようと失敗しようと待っているのはお互いの死であり……否、彼女にとってそれは、肉体の死しか意味しないが、彼にとってそれは、魂の死をも意味するのだろう。
 彼女はすでに、近い将来待ち受けている彼との未来の結末を、なんのためらいもなく受け入れていた。そうすることが義務であるかのように、そうすることが自らの幸せであるかのように。
 彼もまた、そうすることによって自らの手で彼女に引導を渡すことになることはわかっていたとしても、それでもやらなければならないことがあることを知っていた。
 だからこれは、この話は、彼と彼女が、そういうモノとして生み出された時に、すでに終わっていたとも言える。兵器として生み出されたものが、その本義に従うというだけのことなのに、どこか悲劇めいて見えるのは、定められた運命のそのままに、彼と彼女の関係が変わらなかったからだろうか。
 彼と彼女はただの一つも間違わなかった。何一つ間違わなかったが故に、それは大きな混乱と焦燥と、そしてなによりも傷痕を残すことになった。