使うことは使われること

最近蔵出しが続いていたし、まだちょっと続きそうなので、閑話休題的にちょっと別の話題を。
リソース管理という面から、ここら辺の話が参考になるかな、と考えるのは私がSEだからなのかもしれません。

“人を使う”ということの難しさ − @IT情報マネジメント
http://www.atmarkit.co.jp/im/cbp/serial/sysad2/18/01.html


このシリーズはけっこう楽しく読んでるんですけど、今回取り上げたいのはこのあたりのやりとりです。

西田 「それだよ、坂口。それが『自分でできないことを人にしてもらう、人を使ってしてもらう』という概念なんだ。無限に時間があれば、もしかしたら自分1人ですべての仕事をやり切ることも可能かもしれない。しかし、仕事というのは制約された時間の中で成果を出すものだ。1人でできることには限界があるのだよ」

広い視野を持つということと同義だと思うんですが、この話が示すところは、実はプロジェクトリーダーとしての立ち居振る舞いだけではなく、いわゆるプロジェクト参加者、TRPGに言い換えればセッション参加者が持つべき視点です。
私の場合ですが、自分のために消費する自分のリソースは、五割程度で見積もっています。残りの五割はどうするかというと、他の人のために使うリソースです。
自分のことをなにかひとつしたら、他の人のためになにかひとつする。そういうバランスです。あ、これは仕事についてで、TRPGについでではないですけど。


自分ではできないことを人にしてもらう。それはいい。チーム作業として実に当たり前のことです。しかしやってもらったからには、その分のお返しはするべきです。一方的に使ったり、または使われたり、そんな関係には信頼関係はないし、TRPGは信頼関係の上で成り立つ遊びです。それがどのような信頼なのかは置いておくとしても。
そうやってPLもPCもリソース化する、というのは、生理的に嫌悪感を覚える人もいるかもしれませんが、これはそんな感情的な話でもありません。自分の中に、人のために行動する力を用意しておくというだけのことです。その結果として、セッション参加者全員の目的が果たされることになる。
自分も気持ちがいい、他の人も気持ちがいい。そんな理想的な理想を目指す上で必要になる、心構えの話です。


そして、他の人のために力を使うということは、その人が必要とする力を理解する必要があります。極端な表現をするなら、空気を読めなければいけません。裏を返せば、空気を読むというのは、それだけのことでしかありません。その人は自分になにをしてもらいたいと思っているのか。あるいは、その人は自分になにができると思っているのか。
できないことを期待されても困ります。でも、できることをできないと思われてても困ります。
リソースというものには、元から上限値があるからです。全体の効用を最適化しすぎると人間味が薄れますから、極端に走る必要もなくて、できないことをできないと声高に叫ぶ必要はありませんが、できることをできると言えるだけの自信を持つことは必要です。
そして、意思表明ができない限り、理解してもらうことはできないわけですから。


「なにができるかな」と考えた時に、自分だけではなく、他の人にも目を向ける。言葉にするとそんな単純なことですが、それがなかなか難しい、ということなんだろうなあとわが身を振り返りつつ思います。