この朽ちたる身が願わずにはいられずに(7)

 完全機械化兵の駆るフライングユニットとの戦闘訓練は、そう珍しいものではない。一般の戦闘機ではシュネルギアの機動にはついてこれず、まともな訓練にならない以上、性能としては唯一互角以上のフライングユニットが相手になることは必然とも言えた。
 シュネルギアを除いて、天使兵に対して有効な兵器といえば、フライングユニットとその搭乗者、完全機械化兵が上げられる。強化された骨格と神経系のお陰で超高速機動を可能にし、尋常ならざる性能を発揮する完全機械化兵。脳は人間のものを使っているが、それもまたクローンであり、兵器として意識すら調整されている。
 木偶人形と罵るパイロットもいる。しかしそれが羨望でしかないことは、誰もが理解している事実だった。
 実際、相対してみれば、その実力はよくわかる。天使兵は敵なのだから仕方がないにしても、本来味方である完全機械化兵と戦場で向き合うという恐怖は、言葉にならず肌からしみこんでくる。
「ま、訓練なんだし。気にすることはないと思うけど」
 ナビゲーターの鈴蘭苺は、そう軽く言ってくれるけれど、それは理屈であって、実感ではない。
 この完全機械化兵は、明確に自分を殺そうとしている。その殺意を感じる。訓練なのに向けられる真性の殺意。だからこそ怖いんじゃないかと、気を静めるように深呼吸して、篠宮秋は眼前の状況に集中することにした。
 ヴィヴリオ大佐直属の完全機械化兵、桜花。普段は訓練になど顔を出しもしないというのに、いきなり告知された戦闘訓練において、自分の相手を勤めているというこの状況。
 やりすぎたか、と思う。やはり大佐に直接あんなことを進言するべきではなかったのかもしれない。とはいえ、事前に言っておかなければ、有事の際の行動力を奪われる結果になりかねないのだから、あれは必要最低限のラインだった。
 シュネルギアを独断で動かすことは、裁判抜きで拘禁されるに値する行為だ。シュネルギアパイロットには戦局判断能力など求められず、与えられた戦闘を解決することだけを至上命令とする以上、何が起ころうとも、上官の指示なしにシュネルギアを動かすことはできない。
 まあ、一矢あたりならそんなものは気にせずに勝手に動かすんだろうけど、とも思う。自分には逆立ちしてもできそうにないが、そんな一矢をうらやましいと思うことすらあった。
「苺はいいよな。同類なんだし」
 ナビゲーターの鈴蘭苺は、完全機械化兵である。通常、完全機械化兵のV機関に使われるノーマルな天使核ではなく、"黒い天使核"と呼ばれる特殊な天使核を組み込まれているため、シュネルギアのナビゲーターをすることができるのが苺の特殊性だった。
 本来ならそんな概要ですら機密事項だが、おせっかいな父親がわざわざ教えてくれた。それもまた自分を縛り付けるための鎖でしかないとわかっている秋は、いまさらのように割り切れない思いを思い出す。
 苺が苺として活動できることは、果たしてよかったのか悪かったのか。完全機械化兵になどならずに死んでいたほうがよかったのではないか、というのは、周囲の人間の勝手な幻想だ。
 彼女はすでに死んでいるんだから。苺は苺、彼女ではない。
「スペアボディがあるわけでなし、そんなに似てるわけでもないけど」
 前なら蹴りでも飛んできただろうが、最近はそんなことはない。自分の言うことなど、ほとんど気にしてない……言い方を変えれば、スルーされている、ということだろう。
 きっとそれが正解なんだろう、と思う。自分たちの関係は、自分にしてみれば、まだまだ割り切れるものではない。
 いつまでも子供なのは自分だけ、ということでもあるが。
 モニターの片隅で、赤いマークが点灯した。
「訓練開始だ」
 久しぶりに、本気を出さなければならないかな。そう思いながら、シュネルギアとのリンクを高めた。