この朽ちたる身が願わずにはいられずに(11)

「あの人が捕まったって話、聞いた?」
 いつものハンガーの風景に、異物が混じった。自分で言っておきながらそう感じる言葉だった。
 所在なげにシュネルギアを見上げて、パイプ椅子に座っている。よくもここまで壊したもんだと感心しながら。
「まあ、指導教官だったし。お節介な奴が教えてくれたよ」
 秋は興味なさそうに答えて、機体の調整を続ける。
 この間の"戦闘"の結果(内部の人間がかなり関わっていたという噂もあるが、クーデター、ということにはならなかったようだ。変なの)、秋の乗るシュネルギアは大きな損傷を受けた。近々大規模なレストアが施されることになっているが、それまでに出来ることをしておきたいと言い出され、付き合ってやることにしたのだった。
 相変わらず色気のない話である。たまの休日に呼び出されたと思ったらこれだ。
 わかっててほいほいついてきたような気もするけれど。
「まあ、指導教官、てことでもいいけど」
 節子さんは、そんな言葉では括れないほどの知り合いで、自分は正直、どう接していいのかわからないでいるけれど、秋はその辺は割り切っているらしく、さっぱりしていた。
「……苺が恨んでないなら、僕たちが口を出すべきじゃない。そうだろ?」
 機体調整(主としてギアドライバーシュネルギアのリンクを制御するS.Q.U.I.D.の調整)の手を止めて、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
 大人ぶっちゃって、と思わないでもないが、それが彼の矜持なんだからしょうがない。痩せ我慢しているのは目に見えているけれど、そういう理由で割り切ることにしたと言うのなら、それをどうこう言う気はなかった。
「節子さんは、いい人だったよ。いまも、昔も」
 昔、学校の保健室で、よく節子さんと話し合った。大抵は他愛もない話で、たまに愚痴が混じって、たまに真面目な話をした。
 私の友人を、素質があるからと言って拉致していった時は、心底騙されたと思ったものだが、あの人はあの人で、そうしなければならない理由があったんだろうと、いまなら思う。
 今回の戦闘に節子さんが加わっていたと聞いた時、なんとなく納得した。あの人はずっと、そうしたかったんだろうと。
 だから、と言うのは論理的ではないけれど、校医として潜入していたあの人と、軍人をやっているあの人を繋げるものとして、それはとても納得できるものだった。
「正直、あの時は恨みもしたけれど。今はそうでもないかな」
 秋はゆっくりとコクピットから降りてきて、私の隣に座った。椅子は私が用意してやっていたのだ。
「僕たちがあの人を助けられたかもしれない、なんて言う気はないし、ね」
 それでもきっと、あの日、あの時、あの場所で出会っていた私たちは、あの人のことを救える立場にいたのだろうと思う。
 あの人はいつだって、苺を……私の友人だった命を連れて行った時だって、止められたがっていたし、許されたがっていた。
「まあ、僕たちになにもかもできるわけでなし。出来ることを少しずつ、ね」
 不意に重ねられた秋の手にびくりとする。わけもなく狼狽し、顔が赤くなっていくことを自覚しながら、あんたも馬鹿ねとしか言えなかった。
 あんまりに自然に僕"たち"という言われ方をしたせいでどきどきしたなんて、口が裂けても言えやしない。
「とりあえず、大佐のところに行こうかと思ってるんだけど。一緒に行く?」
 そう言いながら立ち上がった秋は、なんの躊躇も疑いもなく手を差し伸べてきた。
 あの顔は、絶対に私がその手を握ると思ってる。間違いない。
 そしてそれは、悔しいけれど事実なのだ。
「大佐かあ。おっかないんだけどなあ」
 見た目ほど怖い人じゃないと、中島茜は言っていたが、その発言自体にもいくつか問題があって、そもそも見た目が怖い人なわけではない。
「僕はわりと好きだけどね、ああいう人は」
 よくわからない余裕を見せながら、私の手をしっかりと握った秋は歩き出す。椅子が出しっぱなしになる、と思ったけれど、まあいいかと割り切ることにした。
 ハンガーから出ると、天気は快晴だった。
「雨の日は空を見上げよう、みたいなこと言ってた人もいたけど。きちんと天気の日に空を見ておかないと、雨が上がった後のことなんてわかんないよね」
 一瞬、何が言いたいのかわからずにきょとんとしてしまった。
 少しして、手を強く握り締められ、ああ、そういうことか、と納得する。
 キザったらしいなあと思って、思いっきり握り返してやった。
 昔はあんなに小さかったのに、気づけばこんなに大きくなっているんだもんなあと思うしかなく、鈴音は上機嫌で秋についていった。