(27−5)

予想外方向に進行中。
そして終わらず。


 声をかけられている、と気づき、意識を取り戻す。
「バカ野郎! お前なにやってんだ!?」
 この声は、あのお節介な野郎だろうか。女に甘くて、理想ばかり振りかざして、お前のやり方じゃ誰一人助けられやしないと、いけ好かない思いを抱いていたはずなのに、それでも誰かを守りたいという気持ちだけはわかったから、憎からず思っていた数少ない友人。
 ……友人。自分にもそんなものがいたのか。
「そんな……そんなもんもうシュネルギアでもなんでもない! ……天使じゃないか……!!」
 身を切るような叫び。なぜそんなものが聞こえてくるのか。
 俺が天使になったって、別にいいじゃないか。お前がなにが困るわけでもない。基地の厄介者が一人減って、少しばかりの敵を道連れに死んで、それでなんの問題があるというのか。
「おい、ヴァン! 勝手に諦めてる場合かよ! そりゃ真智のことは残念だったと思うし、悲しいことだったのもわかるけど、でも、こんな終わり方するために死んだわけじゃないだろ!?」
 真智。真智。真智。
 今でも、機体と融合しかけたこんな体でも、その言葉だけが胸を熱くする。
 真智の黒い天使核は、いまもこの胸に、この心臓の傍にある。
 それが、この機体に乗る条件だった。二つの黒い天使核を持ったギアドライバー。生み出されたそれは、予想以上の成果を上げた。
 でも、そんなことはどうだっていい。もう二度と真智と離れないでいられるなら、なんだってよかった。
 それは真智の魂のはずなのに、一度も語りかけてくれたことはない。いまもそれだけが、悲しい。
「俺たちは戦争やってるんだ! 自分のために誰か殺したり、自分のせいで誰かが死んだり、そんなことばっかり起こるけど、でも、そんなことのために軍人になってわけじゃないだろ!? それでも軍人になろうとした目的があったんだろ!? ……忘れんなよ! 誤魔化すなよ! 逃げんなよ! お前だって守りたいものがあるんだろ!!??」
 ……あるさ。あったさ。
 それを自分のせいで死なせてしまった自分には、もうなにも守れない。守ろうとしても、守ろうとしたところで、自分には守れないんだと実感するだけなのに、いまさらなにを守りたいと思えるんだ。
 なにもかも、怖い。自分がなにを望んだところで、何一つ叶いはしないとしか思えない。
「これじゃあ真智はなんのために死んだんだよっ!!」
 なんのために? 教えて欲しいのはこっちのほうだ。
 なんで俺なんかを庇って真智が死んだのか、まるでわからない。アリカとの絆を土足で踏みにじった俺を、真智は嫌っていた、憎んでいた。
 分かり合えるようになって、それは少し薄らいだとは思っていたけれど、決してなくなったわけじゃないだろうと、そう思っていた。
 真智。真智。真智。お前はいつでも、いつまでもアリカのもので、俺はいつでも、いつまでも独りだ。
 自由になるって、どういうことなんだ? 俺が俺の思うようにやることが、自由なんじゃないのか?
 俺はそう思っていた。ずっとそう思っていた。
 でも、こんな結末を真智が望むはずがないと言われれば、迷わずそうだと頷ける。
 じゃあ、これは間違いなのか? でも、なにが?
「……うるせえ」
 それが自分の声なのかと、自分で喋っておきながら驚いた。
 老人のようにしわがれた声。この期に及んで悪態。
 自分らしい、と納得する。このまま死んでいくだろうと納得できた。
「なにもない、なにもない、誰もいない。……いいじゃねえか、人間、生まれてからは誰だって一人だ、死ぬ時だって一人で悪いことなんかねえよ」
 自分には親すらいなかった。いたかどうかすらわからなかった。実験体らしいから、本当にいないのかもしれないとすら思う。
 それなら、本当に、自分はこの世でただ独りの存在だ。
 そんな俺を許し、認め、受け入れてくれたのは真智だけだ。
「否定するなよ! 拒絶するなよ! 手に入れる前から失った時のことなんて考えるなよ!! 誰だって何もなくしたくないって思ってるんだよ! 逃げてたって何一つ解決しないんだぞ!?」
 それでも、逃げれば痛い目を見ることもない。現実という名の壁にぶつかり続けて頭をへこませるよりは、そっちのほうがよっぽど楽だ。
「真智さんは、あなたがいたから戦ってたのに!」
 その声は。お節介野郎の女、カグヤとかいう奴の声だった。
「真智さんだって、ずっと怖くて、逃げたくて、アリカさんがいたから軍にいて! でも、アリカさんが死んで、自分が殺して、それでもう、なにもかもどうでもよくなって! だけど、あなたがいたから! ヴァンさんがいたから戦うことにしたんだって、そう言ってたのにっ!!」
 ……俺が? 俺がいたから?
 俺のせいで死んだのに?
「『私はもう逃げるのやめたから、ヴァンにも逃げて欲しくないんだ』って、真智さん言ってました! 『私に出来ることがあるとも思えないけど、ヴァンは私より強いけど、でも、私がヴァンを助けるんだ』って! だから、だけど、なのにあなたはっ!!」
「うだうだしてる場合じゃないだろ!? 一人で勝手に不貞腐れてる場合じゃないだろ!? まだ生きてるくせに、死んだ奴のせいにして死のうとしてどうするんだよ!!」
 真智のせいにしてだって?
 でもこれは真智のために。
 これは、だって。
「誰が生きようが死のうが、お前が生きることにケチつけるなんて誰にもできないんだよっ!!」
 ……生きてていいのか? 俺が? 本当に?
 それは、もしかしたら幻聴だったのかもしれない。
 それこそ、神が起こした奇跡だったのかもしれない。
『君が死んでも誰も喜ばないよ、ヴァン』
『まったく、手間ばっかりかけさせるんだから』
 機体と融合しかかっていた体は、不意に宙に投げ出され、和音の野郎のシュネルギアに、しっかりと受け止められていた。
『さよなら、アリカちゃん』
『頑張ってね、真智ちゃん』
 ギアドライバーを自らの意志で排出したシュネルギア、サタンは、動力を失ったが如く、中空に留まり続けた。
 落ちもせず、沈みもせず、まるで眠るように。
 それ以降、サタンが稼動したという話は聞かない。封印されたか、解体されたか、それは誰にもわからない。
 一人のギアドライバーが天使にならずに済んだという事実もまた、戦争の影に埋もれていった。