(27−4)


 開け放たれた扉から、ヒルトが入ってくる。
 気だるい気持ちでそれを眺めながら、物憂げに手を伸ばす。
 ヒルトはなにも言わずにその手を払い、有無を言わさず口付けをしてきた。
 沈黙。されるがままに任せる。そんな自分を愉快に感じる。
「……殺してやる」
 ヒルトは暗く澱んだ表情で言い切った。
「アレにそんな価値などないさ」
 優しくヒルトの頬を撫でる。ヒルトはまた手を払おうとしたが、寸前で思いとどまったのか、自分の手を重ねて、悲しそうに目を閉じた。
「絶対に殺してやる」
 こんなことのためにここにいるわけじゃないと、言葉にすることもなく言っていた。そうやって自分の感情のすべてを全身を使って表現するヒルトを、羨ましいと感じる。自分は破壊衝動以外の感情を知らず、それ以外のものを表せたためしがない。
 誰かのことを好きだとか、誰かのことを大事に思っているだとか、そういったものを何一つ表すことができない。
 なんて欠陥品なんだろうと、そう思う。
「僕があいつに」
 手で口をふさがれた。そんなに嫌なのかと思う。
「……別に、無理矢理というわけじゃない。僕は兵器で道具だが、あいつは別に、そうは思っていないようだし」
「そんなことはどうでもいいのよ。あんたが、桜花が、男に抱かれるなんて、私が指をくわえてそれを見ていなきゃならないなんて。……絶対に殺してやるんだから」
 拗ねているのだと、言葉にすればその程度のことのはずだが、そんな生易しいものではない。それでいて、その程度のものにしか感じていないというのは、どういう矛盾なのだろうか。
 引き寄せて、抱き寄せて、ベッドの端に座らせる。背後からそれを抱いて、こいつはこんなに"普通の女の子"っぽいんだなと感心する。
「大体あんたが悪いのよ」
「僕が?」
「そうよ。なんで黙って抱かれてるわけ? 子供のおもちゃなら別にあんたじゃなくてもいいじゃない。適当にダッチワイフでもあてがっておきなさいよ。そんなのいくらでもいるんだから」
 それは、そうだろう。あえて自分でなければならない理由などないに違いない。
 だから自分を選んだのだ。あの少年は。ヴィヴリオを恨むものなど数多くいるというのに、それでも自分を選んだのは、僕でなければならない理由があったからではなく、僕でなければならない理由がなかったからだ。
 それは、他の連中でもよかったという意味ではない。他の連中には他の役割がある。自分だけが役割を持っていなかったのだと、そういうことだと思っている。
 大佐を狙う以外に使いようがない。そして、あいつの近くにいてあいつに影響されないのは、自分ぐらいしかいない。そういう消去法の結果、自分が選ばれたんだろう
「お人形を相手にする趣味はないんだよ。あいつも、僕も、そしてお前も」
 それの本質が人形でも構わない。血の通った人形であれば構わない。そう、考えているのだ。あいつは。
 なるほど、確かに人形扱いはしていない。だが、それが人形であることを否定してもいない。
「同情してんの?」
 あのガキに? ヒルトを抱く手を逆に抱くようにしながら、ヒルトはそれだけの言葉を必死に搾り出した。
「同情なんて僕らからもっとも遠い。本質的に同じなだけだ」
 人形になりたくない。ただそれだけのことだ。それだけのことがあまりにも難しく、得がたく、もがいている。
 自分も、あいつも。そのためなら親でも殺すという、その覚悟だけが似ている。
「……そうやって仲間はずれにする」
 やっぱり、拗ねているのだろう。そうとしか言いようがない。
 どれだけの言葉を連ねたところで意味はない。
 そのまま縺れ合うようにベッドに押し倒した。