(28−3)


 夕日もすで沈んだ。辺りは暗く、街頭の明かりが頼りない。
 道を先に行くのはセラピア。着かず離れずの位置に真智がいて、自分はしんがりを守っている。守っているというかなんというかだが。
 会話がない。完璧に断絶している。セラピアは病院を出てからこっちずっとこんな調子だし、真智は新城繭のことをどう理解したものか、決めあぐねているようだ。
 自分はといえば、そんなことはどうでもよく、自分の性分というものが繭のやろうとしていることと衝突することになるだろうなと、嫌な気分を抑えていた。
「僕はね、繭ちゃんがああなることを知ってたんだよ」
 基地までもう少しというところで、セラピアは不意に足を止めた。
「繭ちゃんと僕が乗ったシュネルギアは、変だったんだよ。どこがどう、というのは説明できないけど、それまで乗ったどんなシュネルギアとも違ったんだよ」
 違和感はあったんだよ、と力なく呟く。
「でも、僕はなにも言えなかったんだよ。乗るなって言いたかったし、乗りたくないって言いたかったんだよ。でも、理由が説明できなくて、説明できないことが認められるはずもなくて、僕は黙ってそれに乗るしかなかったんだよ」
 街灯をの明かりを背負って振り返る。暗い表情なんてのは、セラピアには似合わない。
「乗ったら、繭ちゃんはああなっちゃったんだよ」
 重度のエーテル中毒か。
「えっと……あのね、セラピア。気を悪くしないで欲しいんだけど、私、わからないことがあるの」
 勇気を振り絞って、真智が口を開く。きっと、必死なんだろう。目の前に問題があれば、全力でそれにぶつからなければ気がすまないのが真智だ。解決できなくてへこむことがあったとしても、それだけは絶対に変わらない。
 それに救われる自分は最低だと思う。
「どうして僕は平気だったのか、ってことかな?」
「そう。新城さんが、そのシュネルギアのせいでそうなった。そういうことなら、それはそうなんだと思う。けど、セラピアも一緒に乗っていたんでしょう? それなら……」
「僕もエーテル中毒になってないのは変、なんだよね」
「うん。……変なこと言ってごめん」
 セラピアは歯を食いしばるような笑みを浮かべて、切なげに首を振った。
「僕は特別なんだよ」
 それはなんの答えにもなっていない。特別なシュネルギアに乗ったら、特別な素質を持っていた新城繭がエーテル中毒になって、特別な素質を持っていたセラピアが無事だった、なんていうのは、何一つ説明していない。
「僕は自分の体のエーテルを自分の思い通りにすることができるんだよ」
 それはきっと、言ってはならないことだったに違いない。それでもそれを言わせるだけの責任を、セラピアは背負っている。
「……えっ? それって……」
「だから僕は無事だったし……いままで何度も、ギアドライバーの天使化の始末をしてきたんだよ」
 逆光になっているせいで、表情は見えなかった。
「……っ!! わ、私はっ……!!」
「僕はいつでもそれができるんだよ。躊躇なく、油断なく、自分自身は安全なところから、いつでもそれを眺めて、それの苦しみから……」
 真智が手を振り上げ、セラピアの頬を叩いた。
 後ろからそれを抑える。間に合わなかった、というよりは、一発殴らせてやりたくて、止められなかった。
「そんなのは救いじゃないんだからっ!!」
 真智が泣いている。最初にコンビを組んだギアドライバーを射殺した、真智が泣いている。
「落ち着け。セラピアが悪いわけじゃない」
 振り返った真智の、そのどうしようもなく悲しみに歪んだ顔を見かねて、抱き締める。悲しくて、憎くて、許せなくて。他の誰でもなく自分を殺してしまいたいほどの後悔を前に、ただ抱き締めることしか出来ない自分を呪う。
「お前が新城の面倒を見てるのは、そういう理由からなのか?」
 セラピアは苦手だ。なにもかも笑って腹のうちに溜め込める女は嫌いだ。
「……どうなのかな。僕にもわからないんだよ」
 きっと、笑っているんだろう。
「お前の都合なんざどうでもいいけどな。真智を苛めるんじゃねえよ」
 これは同属嫌悪だ。それはよくわかっている。
 俺がセラピアを嫌うのは、いざとなれば同じことが出来る人種だからだ。限界を超えるまでは、自分がなにを溜め込んでいるのかも気づかないバカだからだ。
 そんなものに真智を毒させる気はない。そんなのは自分だけで十分だ。
 これ以上、真智を他の誰かに譲る気はない。誰よりも腐っているのは自分だ。
「新城さんはっ!」
 セラピアに向けている言葉。
セラピアは悪くないって言ってたっ!」
 それでいて、自分に向けている言葉。
「自業自得だって……人の命を扱う兵器を軽々しく扱った罰だって!」
 現実を肯定するということと、なにかを諦めるということは、とてもよく似ている。
「新城さんは、だからっ! なのに、セラピアはっ……!!」
 許せなくて、許せなくて、誰よりも自分を許せなくて、何よりも自分を許したくなくて、真智は叫ぶ、言葉を投げつける。
 今は答えは返ってこなくても、いつか答えが返ってくることを期待して。
「そんなので新城さんを追い詰めないでよっ……!」
 言葉が、刺さる。何食わぬ顔で真智を抱き締めながら、他でもない真智を追い詰めている自分が切り刻まれる。
 真智は気づかないに違いない。気づかせないために細心の注意を払っているんだから。
「…………」
 口を開き、なにも言うべき言葉が思いつかずに口を閉ざし、曖昧な笑みを浮かべて、セラピアは立ち去った。
 わかっている。こんなやりとりに意味はない。真智がなにをしようが、新城繭がやろうとしていることに変わりはない。
 それはセラピアでも同じことだ。もう、誰にも、どうにもできない。
 ただ立ち尽くす。泣くことすらできない自分を苛立たしく思いながら。