(27−10)


 それが矛盾であり、錯誤であることはわかっていた。
 なんで殺したの、とヒルトは言った。その言葉に、いつものような勢いはなかった。
 裏切ったからだ、と自分は答えた。いつも通り、感情を排していたと思う。
 殺さなくてもよかったんじゃないの、とヒルトは言った。その言葉には、恨みが混じっていた。
 殺さなければ僕が殺されていた、と自分は答えた。それは嘘だと、ヒルトにもわかっただろう。
 あんたなら出来たんじゃないの? とヒルトは言った。その言葉には、怒りよりも哀れみが強かった。
 だとしたらどうなんだ、と自分は答えた。神室に同情するヒルトを殴りつけてやりたかった。
 あんたはいつもそうだよね、とヒルトは言って、その場を立ち去った。ヒルトが自分から離れていったのは、あれ以来……クーデターに加担して以来、初めてのことだった。
 自分のなにが悪いんだ、と思った。裏切り者を処刑した。拉致される前にヒルトを助け出した。それのなにが悪いんだ、と思った。
 手近な壁を殴りつける。なぜこんなにイライラするのか理解できなかった。
「……荒れてる……」
「えーとその、なんだ、花。そういうことは、言わないほうがよろしい」
 いつの間にか、飯島と花村のコンビがいた。医務室などという場所が似合わないのは、むしろ自分だということは理解していても、何かがおかしい気がした。
「教官。神室は、どうだった?」
 それが聞きたくて、わざわざこんなところに来たんだろう。こいつらだってもうすぐ出撃のはずである。
「僕が始末した」
 いま一番聞かれたくないことを聞かれて、言葉は自然と短くなる。
「そういうことじゃなくて」
「……最後に……満足、できたかしら……」
 こいつらも、そんなことを気にするのか。いや、こいつらだからこそ、そんなことを気にするのか。
 どいつもこいつも。
「満足? しただろうさ。しただろうと思うが。当人はそう言っていた。僕にはわかるはずもない」
「そっか。じゃあ、神室は……幸せだったんだな」
 微笑んでいた。死の間際に。それが幸せだというならそうだろう。それが本当かどうかなんてことは自分にはわからない。わかりたいとも思わない。
 わかるこいつらを羨ましいとも思わない。
「じゃあ教官。俺らも行くわ」
 二人はこれから、瑞穂基地に向かう。ヴィヴリオ大佐の仕掛けで、基地の指揮系統は逆転しまったらしい。最後の足掻きとして、再度瑞穂基地を制圧する……というのが現時点での目標であり、そしてこのクーデターの最後の目標になりそうだった。
 このばかばかしく笑えもしない茶番劇ももうすぐ終わる、ということだ。
「生きて帰って来い、とは言えない。だが、死ぬなよ」
 いままでのもやもやした感情を捨てて、唐突に胸中を占めた感情がある。飯島にも花村にも死んで欲しくない、と思っている自分がいる。それはそれ以外のどんな自分よりも強力で、なにをしても抗えないほど強烈な自分だった。
「自殺する趣味はないんだ。だけど、あいつはそうじゃない。そうだろ?」
 あいつというのは、当然、このクーデターの中心にいる、あの少年である。
 飯島は、あいつと妙に馬が合ったらしい。少なくとも友人と呼べる関係にはなったようだ。
「あいつはなにもかもを道連れにして自殺するタイプだな」
「……教官も……」
 それは、知っている。あいつも知っているだろう。
 そうとしか生きられない。兵器なのだから当然だ。死ぬために生まれ、殺すために殺し、殺されるために死ぬか、殺すために死ぬかしかないのが自分たちだ。
 自分も、あいつも、同じく兵器だ。機械であろうとそうでなかろうと、そんな違いに意味はない。
 【ではなぜ僕は兵器でなければならないのか】
「俺たちに死ぬなって言うなら、教官も死なないでくれよな?」
 見透かされている。しかしそれには答えようがない。
「もう、僕に死ぬなと言うのはお前たちだけだよ」
 ヒルトは言わないだろう。もう言ってくれないに違いない。
 自分はそれだけのことをしたのだ。その自覚も、覚悟も、残念ながらある。
 【残念なことなどなにもない】
「……そんなこと、ない……」
 花村の言葉は短い。いつも陰気に俯いているが、自分に対しては、言いたいことを言っているように見える。
 もしかしたら、他の者にもそうなのかもしれないが、他の者と喋っているところは見たことがない。内気で引っ込み思案に見えるというだけで、本当はそうではないのかもしれなかった。
 自分に見えているものがすべてではない。そんなことはわかっているのに。
 【兵器は余計なことを知る必要はない】
「……教官は……死にたがっても、いない……死ななきゃいけないって、思ってる……きっと、それだけ……」
 言いたいことはわかる。【わかってはいけない】
 自分のやっていることもわかっている。【理解しようとしていない】
 だが、それはそういうものなのだ。【理解する必要はない】
 兵器なのだから、兵器として死ぬべきだ。【それが存在意義だ】
「花村」
 短く呼ぶと、花村は怯えたように身をすくめた。怖がらせてしまったのかと思うと、少し悲しい。
「お前はいい女だよ。飯島をきちんと掴まえておいてやれ」
 長い前髪の陰からひっそりとこちらを見つめ、視線を交わし、少しして、花村は頷いた。
「けんちゃんは……任せてください……」
「……俺ってそんなに頼りない?」
 一人ショックを受けている飯島を無視して、少し笑う。
 死出の旅路の準備としては、これで十分だ。巻き込んでしまったこいつらのことだけが、ずっと心残りになりそうだった。
 【兵器の分際で】
「では、行くがいい。僕も行く」
「教官も頑張ってくれよな」
 頑張る、というあまりにも当たり前な響きに、思わず笑みが零れる。
 それはお前たち人間の特権だ。自分のような兵器には努力はない。
 飯島も笑いを返して、医務室を出て行った。花村はやけにゆっくりと頭を下げてから出て行った。
 さあ、戦場に赴こう。死んだり殺したり殺されたりしに行こう。
 生まれはそこでなかろうと、死ぬのはそこと決めていた。